巻戻る私と石像
巻戻る私と石像
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 すべてを捨てて死という眠りにつきたいのに、私は何度も同じ時を繰り返している。  もう何度目になるだろうか。私は人生を終え、再び十八歳の誕生日に舞い戻る。侯爵令嬢という立場に戻り、華やかなドレスを身に纏って、お世辞まみれの言葉を告げる貴族たちが集まるホールに立ち尽くすところから私の人生は始まるのだ。  おめでたいと笑う人々に囲まれ、今回も私だけが涙をこらえ必死に対応する。泣き叫んでパーティーを台無しにしてみたこともあるけれど、周りの対応が悪くなっただけで意味のない行動だった。ここで再び生きなければならないのなら、苦しい思いをするのは極力避けたい。  なんにせよ、やり直しの人生はうんざりだった。選択肢を変えても、私の巻き戻りは止まらない。誰を助けても、どんな人生を歩もうとも、自ら命を絶ったとしても死ねば同じ日に戻ってしまう。  けれど、毎回一つだけ違うところがあった。巻き戻るたびに庭の石像が増えているのだ。初めは気が付かなかったが、その石像はすべて見覚えのある顔で、私が助けた人たちだった。  巻き戻る前の世界で助けた人が、やり直しの時間軸で石像になる。これは何度も確認したけれど、変わらなかった。  それならば、と私は考える。私が私自身を助けたら繰り返しが止まるのではないか。もし巻き戻ったとしても、私は石像となって時が止まるのではないかという希望を見出したのだ。結局、いくら探ってみてもなぜそんなことが起きるのかは分からなかったけれど、私の目指す安らぎはそこにしかないように思えた。  そして、今回も石像が増えたかを確認するべく、挨拶もだいたい終わったところでバルコニーへと向かう。バルコニーから庭を一望できるようになっているのだ。  石像は手前が新しく、遠くは古いものだ。  一番手前にある石像が前回の人生で助けた少女とその母親であることを確認し、私は自分の考えが当たっていたことに胸を撫で下ろした。複数の人を助けてもこの法則は当てはまるのだ。  安堵のため息を吐き、私は賑やかなホールへと戻る。確かめることは確かめた。あとは、さっさと私自身を助けて命を絶てばいい。しかし、よく考えてみると自分自身を助けるとはどういったことをすればいいのだろうか。  私が何かしら危険に陥ったとき、自分で回避するのは助けることになるのか。それともそれは別物なのか。やってみないことには分からないけれど、今まで私が危険な目にあったことがあったか考えてみる。だいたいが殺されて死んでいるので、それよりも以前のことで考える。誰かに助けてもらったことを自分ですればいいのだ、きっと。  近いところでは湖に落ちたときと、狩猟大会で魔犬が暴れだしたときだろう。どちらも死には至らず、近くにいた人が助けてくれた。  ちなみに、私が湖に落ちたのは誰かに引っ張られたからだと思っている。けれど、その犯人はこの繰り返しの人生で何度も探したけれど見つからなかった。恨みを買うようなことはしていないと思うけれど、誰かが私を気に入らなくて仕方がないのだろう。  犯人はわからなかったけれど、方法が二つほどあると教えてくれたのは、幼馴染のクローディアだ。三つほど前の人生で、ちらりと引っ張られたような気がするとこぼしたら教えてくれた。  湖にいるイタズラな妖精をそそのかす方法と、魔法を使う方法があるらしい。私はその手の才能が皆無だったから思いつかなかったけれど、気まぐれな妖精は面白いことには手を貸してくれるそうだ。服の重みで溺れかけたっていうのにひどい話だ。  魔法にしたって、少し考えればいたずらで済む内容ではないのだから犯人を探したい。けれど、そんなことよりもこの繰り返しの日々を終わらせるほうが重要なので、犯人探しは諦めた。大切なのは、どうやってそれを回避するか、だ。  妖精は教会の鐘の音を嫌うと聞く。教会で鈴のように小さな鐘に神聖力を注いでもらい、普段から身につけよう。うるさくても身を守るためなのだから仕方がない。  また、魔法は魔法防御のリングでも付けておくしかないと思う。私は魔力を感知できないし、立ち向かう術などないのだから。  魔犬は近くにいたチェザレイ男爵が、毎度退治してくれていた。赤髪の凛々しい男性で、女性からの人気も高い。でも、今回は自力でなんとかする方向に動いているので、格好良く助けてくれる殿方には遠慮してもらいたい。  しかし、今から剣術を習ったところで魔犬を倒せる強さにはならないだろう。  となると、やはりここは魔導具を使用するしかない。魔力のない私でも使える魔導具で有効なのは、反射スキルの備わったものだろうか。魔犬が飛びかかってきても、その攻撃を反射できれば魔犬にある程度ダメージが入る。追加で即死毒を塗った針なんかが出ると良いんだけれど。そこは魔導具師に相談するのがいいだろう。  あまり見た目が派手で殺傷能力の高いものは使いたくない。あらぬ誤解を受けてはたまらないからだ。魔犬を凍らせるというのも考えたけれど、確実に倒さなければ自分を救ったことにならない可能性もあるし悩ましい。  まずはその二件に向けて生きようと思う。私の繰り返しが終わるのかどうかはそこにかかっているのだから。  結局、湖に落ちたのは私ではなく、リュガー伯爵家の一番末の娘だった。妖精ではなく魔法で私に挑んでいたようで、私の魔法防御には反射もかけてもらっていたからそれをもろに受けてしまったのだろう。  なんでわたくしがー、って叫んでいたけれど、それはあなたが私を湖に落とそうとしたからですよね。  犯人が判明してスッキリしたので良しとしよう。なぜ、私に敵意を持っていたのかさっぱりだけれど。  そして、魔犬が私の方に向かってきたのもリュガー伯爵家の末娘の仕業だった。  事前準備が役に立ち、私はチェザレイ男爵の助けがなくとも自分で魔犬にとどめをさしていた。どうも魔道具師の実力が高かったのか、反射が操っていた人間にも及んだらしく魔犬が死んだ瞬間、遠くの方で叫び声が上がったのだ。聞いた話だと、全身血まみれになった伯爵令嬢が、私に跳ね返るなんて、と呟き悪事が白日の元に晒されたらしい。彼女はもう表舞台には出られないだろう。  こんなに簡単に見つかるならもっと早く動いておくんだったなと思ったけれど、繰り返される人生に絶望して何もしたくなかったのだから仕方がない。今回は希望が見えたから動いているだけだ。  しかし、これで私は自分自身を助けたことになるんじゃないだろうか。もうこのまま早く死にたい。この世に未練はないし、繰り返しは嫌だった。  けれど最後の思い出にと、幼馴染のクローディアとお茶会をすることにした。クローディアは艷やかな黒髪で青い垂れ目の美少女だ。おっとりとした性格だけれど、頭の回転は早い。繰り返しの人生で楽しかったのは、クローディアと話しているときだけだった。 「私ね、クローディアと出会えて幸せだったわ」 「奇遇ね。わたしもよ。でも、どうして過去形なの?」 「言い間違ったの。出会えて幸せよ。一緒にいてくれてありがとう」  言い直すと、クローディアは花が綻ぶように笑った。その笑顔だけで胸が一杯になる。 「これからもずっと一緒よ、きっと」  あなたの側にいるわ、とクローディアが告げるのを、私は笑顔で見つめ返した。明日にはいないけれど、と思いながら。  深夜、屋敷の者たちが寝静まった頃、私は隠していた毒薬を手にする。  両親と兄たちとの別れは済んだ。私の遺体を見つけて驚くだろうけれど、私はもう十分すぎるほど人生を繰り返した。楽になりたかった。きっと、これで楽になれるのだ。私は石像となって、命を終える。  あぁ、なんて開放的な気分なんだろうと私は夜空を見上げ微笑んだ。  この毒は苦しまずに逝けるそうだ。寝ているようにひっそりと息が止まるらしい。  ずっと安らかな眠りが欲しかった私は、笑みを浮かべながら毒を飲みベッドに横たわる。瞳を閉じ、もう目覚めることはないだろうとふわふわとした気持ちのまま眠りについた。 「あはははは、やっと、やっとよ。長かったわ、大好きな顔の石像として戻ってきてくれた。これよ、これ」  どうして、と私は目の前で子供のようにはしゃいだ様子を見せるクローディアに問いかける。けれど、私の声はクローディアに届かない。私は自分の望み通り、庭の石像になっていたからだ。  石像になったら時が止まり、無機物となって心は消えると思っていた。それなのにどうだろう。これでは今までと変わらぬどころか、もっとひどい有様だ。動かぬ体のまま、心だけが痛む。 「わたしね、あなたのことが大好きで、ずっと側に置いておきたかったの。石像にするならあなたが幸せなときの笑顔が良かったから、こんなに時間がかかっちゃった」  すごく考えたのよ、とクローディアは笑う。あぁ、私の好きな笑顔だ。けれど、私を地獄のような繰り返しの日々へ送ったのは彼女だった。 「笑顔のあなたを石像にするのは簡単だけど、あなたの存在を侯爵家から消すのは難しいじゃない? わたしの力は記憶改竄できるほど強くないし」  だからあなた自身にあなたを消してくれるように仕向けたの、と無邪気な笑みを見せる。 「立ち向かってくれると信じてた。絶望してるあなたを側で支えるのも、私が必要とされているのを感じられて最高だったわ。あなたを誰かに取られるのなんて絶対に嫌。結婚なんてさせるもんですか。だってわたしとあなたはずっと一緒なんだから」  狂っている、と私は絶望を感じながらクローディアを見つめるしかない。私はただ意識のないまま静かに眠りたかっただけだったのに。 「あなたが石像へ変わった歳になったらね、わたしは魔女になるの。そして、あなたと一緒にずっと生きるのよ」  石像のまま、話すことも、表情を変えることもできないまま、未来永劫クローディアの玩具にされるのだ。今までの繰り返しの人生よりも最悪な未来に私の心は死んでいく。 「なんて幸せな世界なのかしら。部分的に石化の解除もできたけど、顔は勿体無いからそのままがいいわね。あぁ、手を繋ぐときは石化を解いてもいいかも。これから楽しみで仕方がないわ」  クローディアの声は聞こえていたけれど、頭には残らず消えていく。  私は幸せに眠るために努力をした。けれど、それは私に恋する悪魔の元に自ら飛び込んだだけだった。
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