『なんでも屋』の西京無敵さん
第二話 ペットがいなくなった女・佐藤久美 3

 スマホが鳴った。ディスプレイに表示された「綾野透」の名前に、久美の気持ちは高揚する。 「はい、もしもし」 『こんばんは、佐藤さん。今、お電話しても大丈夫でしたか?』 「ええ、平気です」 『ありがとうございます。プルちゃんの状態はどうかなと、気になったもので』  通話口に耳をあてたまま、久美はゲージの中を覗いた。小麦色の毛並みに、黒いダイヤモンドのような瞳。ぬいぐるみのように可愛い豆シバ。  プルが久美の元へ帰ってきて、五日が経った。姿形は以前とそのまま。少し大きくなったように感じるが、約一ヶ月ぶりに再開したのだから、そう思えても仕方のないだろう。問題は、そこではない。 「やっぱり、まだ元気がなくて……」 『そうですか。ご飯、ちゃんと食べていますか?』 「食欲がないのか、あまり食べてくれません」 『病気の可能性は?』 「一応病院にも連れて行きましたが、問題はなさそうです。医者が言うには、ストレスが原因かもしれないと。環境変化とか、飼い主が一時的にいなくなったりとか、そういったことをストレスに感じるようです」 『なるほど。なら、プルちゃんは相当なストレスを抱えていたんでしょうね。可哀想に』  全くだと、そう思った。  綾野から聞いた話によれば、プルは久美の予想通り誰かに持ち去られていたとのことだった。どこの誰か教えて欲しくはあったが、どうも誰にも言わないことを条件にプルを引き渡してもらったらしい。  府に落ちない久美だったが、今はプルが帰ってきただけ良かったと、そう思うようにしている。  あとは、以前の元気なプルに戻ってくれたらよいのだが、 「もう少し、様子を見てみようと思います。今はいろいろとあって、プルも混乱していると思いますので」 『ですかね。そのうち元気になりますよ』 「……そうだったら、いいんですけどね」 『きっと大丈夫。佐藤さんが側についてるんですから』  綾野は、優しい言葉で久美を慰める。  ここ五日間、ずっとこのようなやり取りが続いていた。依頼料であった五〇万も口座に振り込んだので、形式上の久美と綾野の関係性は絶たれている。それでもこうして、綾野は電話をかけてくる。「西京さんに、アフターケアもしっかりしなさいと言われたので」と冗談めかしに言うが、本当のところはよく分からない。  長らく忘れていた久美の乙女心が、蘇ってくる。  もしかして、綾野さんは、わたしのことを── 『それでは佐藤さん。なにかあったら、また連絡くださいね』 「え? あ、ああ……はい」  電話をかけるのは今日で最後みたいな口振りに、久美は不安を覚えてしまう。 「それじゃあ、応援していますよ」  別れ際のひと言は、そんな感じ。久美は「はぁー」とため息を吐いて、ゲージの中のプルを出して胸に抱いた。 「ねぇプル、わたし、どうしたらいいのかな……」  ここ最近、なにをしていても頭に浮かぶのは綾野のことだった。また、こんなことも思わされる。  ──綾野さんがもしもパートナーだったら、わたしの人生も変わるのかな?  考えても仕方のないことだが、でももしかしたらと、綾野との将来を想像してしまう。    また感じてしまう、それは途方もない孤独感だった。もしもこのまま、綾野が本当に電話をかけてこなかったらどうしようか。  プルも帰ってきて、状態は一ヶ月前に戻っただけなのに、おかしい。  おかしい、おかしい、おかしい──  それから数日が過ぎた。久美のスマホに、『綾野透』の名前が表示されることはなかった。

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