『なんでも屋』の西京無敵さん
第一話 死にたくなった若者・綾野透 5

 西京はこれが慣れた様子で、淡々と話を進めていく。 「では綾野さん、どういった最後をお望みですか?」  最後。敢えてなのか、西京は「死」という言葉を使わない。 「なるべくなら、あまり苦しみがなく、死んだことにすら、気付きたくないです。眠るような感じ、というんですかね」  自分から「死にたい」と言っておきながら、なんて女々しいやつだ。綾野は、自身の発言が滑稽に思えてしまった。  死ぬのだから、そんなの無理に決まっているだろうに。 「かしこまりました」  無理ではないらしい。西京は顔色一つ変えずに、「ではお薬を使いましょう。眠っている間に、全て終わらせますよ」と宣った。  拍子抜けである。  ふと、綾野は盲腸の手術をしたときのことを思い出していた。あのとき担当してくれた医師の方が、まだ謙虚な態度で言葉を選んでいたと思う。 「ちなみになんですけど、その薬で眠った後、俺はどうなるんですか?」 「そのことについてなんですが、」  西京は一呼吸置いて、にっこり笑う。 「これは、私からの提案です。綾野さんの最後を、私に選ばさせてはいただけないでしょうか?」  綾野は「え?」と声を上げてしまった。  俺の死に方を、この西京が選ぶ? 「それでもよろしいのでしたら、今回の依頼料をかなりお安くすることが可能です」  そう言えばそうだ。依頼料を、全く考えていなかった。 「やはり、結構するのでしょうか?」 「そうですね。こういったケースは、様々な機関への手回しが必要となりますので、最低でも一〇〇〇万は用意して頂く必要があるかと」 「い、一〇〇〇万!」 「はい。ただこの金額は、飽くまでも最低ライン。場合によっては、もっとご請求させていただく場合もございます」  そんな話聞いていない。大体だ、一〇〇〇万も払える余裕があったら、こんな場所に来ていない。来るわけがない。  自身の見通しの甘さに、つくづく嫌気が差す。 「ここまで話をしておいてなんですが、そんなに払える余裕は…」 「承知しております。ですので、ご提案をさせていただきたいのです」  西京は、指を一本突き立てて見せた。前回のことを踏まえると、指一本単位は一〇〇万だ。その指が一本ということは、九〇〇万の値引き。確かに破格の値段だが、今の俺にはその一〇〇万を用意することすらできない。 「一万」 「へ?」 「もしも、私にプラン内容を決めさせてもらえるのでしたら、今回の依頼料は事務手数料のみ、一万円で結構です」 「冗談ですよね?」 「本当です」  驚天動地だ。 「……そのプラン内容とは、具体的にどういったものなんですか?」 「それを私の口からお伝えすることはできない規則となっています。私は飽くまでも、プランナー。綾野さんとの依頼契約を結んだのち、施術を業者の方々にお任せします。ですので、もし詳しい施術内容を知りたい場合は、業者様の口から直接伺っていただくことになります」 「業務委託、ですか」 「そういうものです」  西京は澄ました顔で言った。 「こういった依頼は、過剰なくらいの守秘義務に徹しなければならない故。ご理解のほど、何卒よろしくお願いします。ですが安心して下さい。綾野さんのお望みである、苦しみのない最後はお約束致します。その上での、ご提案です」  にわかに信じ難い話だ。  たったの一万円で、そんなことできるのだろうか? ここまできて、綾野が西京に抱くそれは不信感だ。 「あと、これは余談なのですが。綾野さん、あなたの命は、たくさんの方の命を救うことになるでしょう」  綾野の目の色が、変わった。 「どういう、意味ですか」 「具体的なことまでは、申し訳ありません。ですが綾野さんの最後が、明日を望めないかもしれない誰かの命を救うのは本当です」 「あ、あり得ません。俺一人がどうなったところで、そんなことは、」 「綾野さん。あなたの命は、あなたが思っているよりも必要とされています。世の中には、あなたの存在を尊いと思われる方々が、大勢いらっしゃるのです」  いよいよ頭がこんがらがってきた。  俺の命なんかを、誰が必要としているのか。まさかこの西京、ここまで話しておいて俺のことを励まそうとしているのだろうか?  あなたの命は、大切であると。必要とされている、と──  そんなわけない。信じられない。きっと、接客トークに過ぎない。  頭では分かっているけれど、だがもしも俺の命が誰かの役に立てるのなら、素直に嬉しい。 「西京さん」 「はい、何でしょう」 「俺の命は、本当に……誰かの役に立ちますか?」 「もちろん。保証します。綾野さんの最後を、絶対に無駄にはさせません。他人事のように聞こえてしまうかもしれませんが、言わせてください。綾野さん、これはあなたにしかできないことだ。いや、あなたでなければだめなのです」 「俺にしか、できない……」 「はい。使命と、そう言っても過言ではないかもしれませんね。だから私は、そんな綾野さんを華々しく見送りたい。献花には彼岸花ではなく、薔薇の花束を。その人生に、最高のフィナーレを」  西京は笑わない。ここぞとばかりの、真摯な瞳を綾野へ向けてくる。言った。 「綾野さん、どうか私を信じて下さい」  その誠心誠意さが、綾野の心を動かした。   「では、こちらの誓約書に同意のサインを」  綾野はボールペンを握りしめる。一瞬の躊躇いこそあったものの、その後はスラスラとペンが走った。誓約書に同意書、その他諸々にペンを走らせる。迷いはもうない。あるのは覚悟だけだ。 「三日後、こちらからご連絡させて頂きます。人生最後の三日間を、どうか悔いなきようお過ごし下さいませ」  契約は成立──  綾野は「いろいろとありがとうございます」と、幾分晴れやかな気持ちで事務所を後にした。ここへ来る前よりも、気持ちはふっと軽くなっていた。  事務所を出て、大きく蹴伸びをする。深呼吸をして、空を仰いだ。先日の大雨が嘘みたく、晴天の青空。夏の匂いがする──  かつて虫網一つで野山を駆けずり回っていた、幼き自分の姿、夏休みのことを思い出していた。あの頃は、毎日が宝石のような日々だったと思う。将来の自分なんてどうでも良くて、ただ生きていることだけが幸せだった。思い出すと泣きそうになる。だが、これ以上なに考えても無駄である。虚しくなるだけ。そんなことよりも、残された時間でなにをできるのか考えよう。  綾野は、中洲の街へ向かって歩き出した── 「さて、ラーメンでも食いに行くか」  三〇分も経たずした終わった人生最後の話し合いを、思い返しながら。

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