『なんでも屋』の西京無敵さん
第一話 死にたくなった若者・綾野透 1

 中国武漢で発生した未曾有の疫病の影響で、世界の、日本の、博多中洲の経済事情が冷え込んでいる、7月の上旬のこと。  29歳、綾野透は無職だった。  ここ最近は、飲むか寝るかの毎日。  本日も、そのルーティンのまま夜を迎えてしまった。違いがあるとすれば、現在進行形で軽い散歩していることぐらいか。  時刻20:38──  今夜は、夜風が気持ちいい。  気分は、とてつもなく最悪だ。  できることならば、つい一ヶ月前の浅はかな自分を説教してやりたい。だが、後悔先に立たず。借金の負債は、今もなお膨らみ続けているばかりだ。  将来への不安も、膨らむ一方である。  綾野は道路脇の電柱にもたれ掛かり、うずくまる。そのまま目をつむり、夜の静けさに身を任せていた。  そのときだった。 「なにか、お困りですか?」  頭を上げると、グレーのスーツ姿の男が目の前に立っていた。  見た感じはまだ若い、年の頃は二〇代中盤くらいだろうか。緩やかなウェーブのかかった黒髪はアゴまで達しており、肌は病的に白く映る。第一印象は、あまり良くはない。  異様な雰囲気を放つ、幽霊のような男だった。 「えっと、あなたは?」 「申し遅れました。私、なんでも屋の代表をやっております『西京無敵』という者です。謳い文句の通り、なんでも受け付けております。家事代行、お悩み相談、特殊清掃、浮気調査、出会い協力、ご相談に乗りますよ」 「……なんでも屋?」 「はい、なんでも承ります」  と、男は胸元から名刺を一枚取り出し、綾野へ差し出した。 『24時間対応。どんな依頼も受け付けております。お気軽にご相談ください。 【住所】 福岡県福岡市博多区上川端町□□─○○─△△ 【電話番号】 ── ── ──  なんでも屋    代表 西京無敵』  名刺に印刷されるは、【西京無敵】の文字。偽名なのだろうか、苗字の「西京」は「最強」を文字っているのかもしれない。そこへきて「無敵」とは大胆な。胡散臭さの塊のような名前だ。  綾野は、つい顔をしかめてしまう。 「なんでも屋、ですか……興味深いですね」 「興味深い、ですか。お褒めに預かり、恐悦至極です」  皮肉のつもりだったのだが。 「それで、なにかお悩みでも? 思い詰めた顔をしていらっしゃる」 「あーいえ、別に。飲み過ぎただけですので……すみません、もう行きます」 「少しお話だけでも聞いていかれませんか? 事務所が、直ぐそこにありますので」  と、西京は五階建ての雑居ビルを指差した。古いビルディング、さながら幽霊ビルのようだ。危険なかおりが、ぷんぷんと漂って止まない。 「本当に、結構ですので」 「お話だけでも」  急ぎ去ろうとする綾野の隣を、西京はぴたりと並びついてくる。額から冷や汗を流す綾野とは対照的に、西京は汗一つない。その涼しい顔が、余計に綾野の猜疑心を煽った。 「だから、結構です」 「とりあえず、お話だけでも」  しつこい。あまりにもしつこい。  綾野は立ち止まり、西京を睨みつける。  ここ最近はとにかく心が荒んでいた。住んでいるアパートから聞こえてくる隣人の些細な生活音ですら苛立ちを覚え、昨日の夜中に聞こえてきた「あんっあんっ……」という喘ぎ声でついに堪忍袋の緒が切れた。壁を殴り、穴を開けてしまった。奇声も発してしまうほどに。  しかも今日は、いつもより酔いが回っている。気分が高揚しており、半ば自暴自棄でもあった。  次なにか言ってきたら、殴ってやる。  今の綾野に、怖いものなどなにもない。得体の知れない万能感に満たされていた──と。 「なんでも承ります。殺人でも、構いませんよ」  綾野は「え?」と、つい声を漏らしてしまう。自身の耳を疑っていた。「……殺人、ですか?」と訊ね返す。無意識だった。  西京は、薄ら笑いを浮かべたままだ。 「ええ、殺人でも、復讐でも、なんでも構いません。興味がありましたら、とりあえず事務所で話を伺いますよ。話すだけなら、無料ですので」

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