『なんでも屋』の西京無敵さん
第二話 ペットがいなくなった女・佐藤久美 4

 それからまた数日が過ぎた、金曜の夜。  久美はその晩も綾野からの連絡をしぶとく待ってみたが、スマホに『綾野透』の名前が表示されることは一向になかった。  自分からかけようか迷ったが、どうしても躊躇ってしまう。年増の女がみっともない、迷惑がられたくないと、気持ちにストッパーがかかってしまうのだ。  結局はなにも出来ないまま、布団に入り電気を消す。綾野のことはもう考えないでおこう。彼との関係は既に断たれたのだ──と、自分を無理やり納得させて目をつむった、そのときだった。  スマホの着信が、ジリリと室内に反響する。  暗がりの中で発光する、スマホのディスプレイに表示された君の名は── 『もしもし、久美? 久しぶり』 「なんだ、朱美か」 『なんだとはなによ、せっかく人が心配して電話してあげたのに』  進藤朱美(しんどうあけみ)──久美の幼なじみで、小中と同じ学校に通っていた。大人になった今でも、年に数回会って話すくらいは仲が良い。 『それで、プル見つかった?』 「うん、実はね」 『えっ、そうだったの。それ早く言ってよ』 「ごめん。いろいろとあって、そのうち連絡しようと思ってたの」 『ほんとかー?』    朱美はけらけらと笑った。昔からなに一つ変わらない、明るい笑い声。この声を聞いていると、沈んだ気持ちも少し軽くなる。 『それで、プルどこにいたの?』 「うーん、それが分からなくて」 『どういうこと?』  なんて言えばいいのだろうか。  なんでも屋に五〇万円払って見つけてもらいました、と素直に言っても信じてはもらえなさそうだ。それに朱美のことだから、きっといろいろ問い詰めてくるに違いない。  久美は、咄嗟にその名を口にした。 「綾野さん」 『え、なに?』 「いやね、綾野さんっていう優しい男の人が、見つけてくれたの」  それから、久美は綾野についてを語りはじめた。なんでも屋であることは内緒にして、飽くまでも一般男性という程で話を進めていく。  わざわざ電話をかけてきて、プルの捜索を手伝うと申し出てくれた。三日後、本当にプルを探し出してくれた。それからも電話で近況を聞いてくれたり、元気のないプルの心配をしてくれる──  なんでも屋という情報だけを抜いてしまえば、それは単なる美談だ。 『え、なにそれ。めっちゃ優男じゃん』 「そうなの。しかもイケメンだし」 『へー! 見てみたい。写メとかないの?』 「あるわけないよ。別に、そんな関係じゃないし」 『いやでも、その綾野って人、どう考えたって久美に気があるでしょ』  久美の心臓が、トクンと跳ねた。 「……そんなこと、ない」 『いやいや、絶対にそうだって。そうじゃないと、毎日電話なんて普通かけてこないって』  そう言われればそんな気もするが、どうなのだろうか。 『久美はどうなの?』 「え、なにが?」 『だから、好きなのかってこと』 「好きとか、そういうのじゃなくて。まだ、知り合って間もないし」 『でも、興味はある?』 「まあ……少し?」  朱美は「素直じゃないなー」と、おかしそうに笑った。 『なんかいいなぁ、そういうの』 「そういうのって、なにが?」 『だからさ、恋愛って感じ? わたしほら、早くに子供産まれたでしょ。だから恋愛っていう恋愛、する暇もなかったからさ』  それこそ朱美が身篭ったのは17の頃、一つ歳上の先輩との間にできた子供だった。そのまま二人は高校を中退し、のちに結婚。現在も二人の関係は続いており、昨年五人目の子供が生まれた。幸せな家庭だということは、朱美一家と懇意にしている久美がよく知っている。  一番上の女の子なんて既に高校を卒業し、現在妊娠四ヶ月との話だ。つまり、朱美は三〇代にして既にお婆ちゃん。自分にはまだ子供も、恋人すらいないというのに。寄る年波には、どうも勝てそうにない。 「朱美はいいじゃん。今が、幸せなんだからさ」 『え? うんまあ、そうだけどさー』 「そうだよ。羨ましいな、本当」 『どうしたの久美、プルがいなくなった時より、もっとナーバスになってない?』  どうなんだろうか? 自分では自分のことが、よく分からない。  状況としては、プルも帰ってきたので何も変わってない。変化があったとすれば、やはり綾野透という『なんでも屋』の存在だ。  綾野のことを考えると、どうしても人肌恋しくなってしまう。知らなければこんな気持ちにもならなかっただろうに、知ってしまったが故の苦しみだ。彼がいるのといないとでは、世界が一八〇度違って見える。  とにかく、侘しい。 『久美さ、もういいんじゃない?』 「え? なにが」 『だから、幸せになっても』 「話の意図が見えないんだけど……」 『だから、女としての幸せってことだよ。久美、もう私たち、32歳だよ?』  32──その数字が、久美の心臓にズキンと刺さる。 『やっぱりさ、その男の人に自分からアタックしなよ。久美はさ、頭でごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ。プルも見つかったことなんだし、もっと前向きに考えたらいいじゃん』 「……そんなこと言われたって、どうしたらいいのか、わたしにも分からないし」  恋愛経験は人並みにあると思うが、自分から仕掛けたことはない。全て受け身の恋愛だった。 『じゃあ、こうしたら? プルに恋のキューピットになってもらうとか』 「恋の、キューピット?」 『そうそう。プルのことで相談がありますって、軽い感じで自分から連絡してみたらいいじゃん』  その発想はなかった。 『待ってるだけじゃなくて、自分からもアプローチしなよ。絶対うまくいくからさ』  その後は、朱美の「こうしたらいい」「ああしたらいい」というアドバイスに耳を傾けていた。最初は乗る気ではなかった久美だったが、聞いていると本当にうまくいくような気がしてくる。  諦めかけていた、恋愛の道。  孤独に耐えかねプルを飼い始めたときは、いよいよ結婚も、恋愛すらも断念しかけていたのだが── 「プル。わたし、幸せになれるのかな?」  久美は、プルにその答えは問う。  プルは「くぅぅん」と、小さく鳴くだけだった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません