生きて欲しいに決まってる
仲間のはなし eipsode final - 5

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 はやる気持ちを抑え、努めて冷静に電話をとった。弓削の予想に反して、内容は由家に関するものではなかった。 「立花優斗の意識が回復したそうだ。とはいえ、まだ言葉を話すことも出来ない。母親がつきっきりで病室にいるが、認識できているかどうかも怪しいらしい」 「そうですか……良かったです。でも、どうして、僕に立花優斗のことを」 「決まってるじゃないか」  電話口の相手は、淡々とした口調で続けた。 「由家がこうなった今、引継ぎ先は弓削君になるだろう。よろしく頼む。とはいえ、立花優斗に関して気にすることはないので、周囲の家族に気を付けていれば大丈夫だ」 「あの……由家が戻ってきた場合は、どうでしょうか」 「どうでしょうか、というのはなんだ」 「立花優斗に関しては、彼が担当するべきだと思うのですが」 「何を言ってるんだよ。由家が担当して失敗したんだろ。それをもう一度、というのはどういう了見だ」  相手が苛立っているのがわかった。  電話を切ると、秋の終わりを告げる冷たい風が吹いた。  続けて弓削は、履歴から由家の番号を出して通話ボタンを押した。乾いたコール音が鳴って、由家が出ることはやはりなかった。  大きな通りを探して、走った。タクシーを呼び止めるためだ。夜の街は誰もいない劇場のように静まり返り、すべてが弓削の動き出す意思を待っているかのようだった。  少し進んだ先で、タクシーが続けて二台走っていたのを弓削は呼び止める。最初の一台は客を乗せていたので見送ったが、二台目は空車だった。後部座席に勢いよく滑り込み、行き先を告げる。名古屋駅。  なるべく急いでほしいという弓削のリクエストに応えて、勢いよく扉が閉まってタクシーは夜の道を滑り始めた。  人生に不満だから死ぬのではなく、満足するために死ぬことだってあるのだろう。  そう弓削の考えがまとまった頃、名古屋駅のターミナルに滑り込んだ。釣銭を断って車外へ飛び出し、新幹線乗り場へと走った。弓削にはある確信のようなものがあった。  名古屋からどこかへ向かう電車の運行はすでに終わっており、券売機も電源が落とされていた。駅員に事情を話して中に入れてもらおうとする。段取りを踏もうとする駅員に、弓削はじれったくホームで忘れ物をしたと話し、駅員が目を離したすきに改札を通り抜けた。  自分を呼ぶ大きな声が後ろからするが、角を折れて直進するとすぐに聞こえなくなった。シャッターを降ろす売店の売り子とぶつかりそうになるのを、すんでのところで交わした。  東京方面行きのホームへ伸びる階段を、二段飛ばしで駆け上がる。電光掲示板を確認すると、最後の一便がもう数分でやってくることがわかった。名古屋駅停まりの「のぞみ78号」とある。ホームには当然ながら誰もいない。  弓削は迷うことなくホームの端へと向かって走った。息が上がり、心臓の鼓動は跳ね上がり、今にもつんのめってしまいそうなのを、辛うじて両足が耐えている。 ――いない。  ホームの突端まで来たが、誰もいなかった。まさかと思い、柵を超えたところまで身を乗り出して暗がりを確認したが、人の姿を認めることはなかった。  弓削はがっくりと肩を落とし、震える膝に両手をついた。  と、アナウンスがホームに響いた。 「名古屋駅停まりの最終が、間もなくホームに到着します。足元、黄色い線の内側までお下がりください」  線路に視線を向けると、弓削のいるホームの端とは真反対、遥か遠くからまばゆい光が近づいてくるのが見えた。新幹線がホームに着く方向を、完全に読み違えていたことに気が付いたが、時すでに遅しであった。  気のせいだろうか。ボッと新幹線が警笛を鳴らしたようにも聞こえた。  残っていた力すべてを振り絞って、弓削は再び走り始めた。  数名の駅員が階段を駆け上がり、自分を止めようとホームに走り込んでくるのを視界の隅で捉えた。気にせず弓削は、両腕を思い切り交互に振り上げて加速する。  景色が揺れている。  意識がふわっと、自分の身体から浮いていくのを感じた。どこかで自分を撮っているカメラがあって、全力で走っている姿を捉えているようだ。いつかこの瞬間を思い出すとしたら、そのカメラで自分を捉えた映像が脳裏に浮かぶのだろうと、弓削は脈略のないことを考えた。  前方から、再び警笛音。  両目から光線を発した鉄の塊が、こちらを威嚇しながら滑り込んでくる。最初は眩しくなにも見えなかった。  刹那――黒い影がホームの一番端に立っているのがわかった。すべてが、ゆっくりと動く世界のように見えた。  頭が真っ白になって足がピタリと止まり、次の瞬間、自分でも驚くほど大きな声が出た。  やめろおおおおおおおおおお――  影は、光に包まれて見えなくなった。  弓削は再び走り出し、影に向かって両手を伸ばして飛び込んだ。

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