生きて欲しいに決まってる
夢のはなし episode1 - 3

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 一年前まで、透は隆と一緒に映画を作っていた。二人は、大学の映画サークルで知り合った。透は撮影や編集に興味があり、隆はもとから役者志望だった。彼らに共通していたのは、ストーリー作りに興味があるということだった。  映画に関しては、隆の方が詳しかった。透に『ゴーン・メッセージ』を薦めたのも隆だった。  二人はすぐに意気投合した。共に評価されよう。閉塞感のある日本映画界を俺たちが変えよう、そう誓い合った。夜通し一緒に脚本を練り上げ、透が監督、隆が主演で自主制作映画を何本も作った。  しかし、望む評価を得ることは出来なかった。これが最後と決めて出品したコンペティションの結果が出た夜のこと。受賞には至らず、二人は隆の住むアパートの前まで無言のまま帰ってきた。 「また次、頑張ろうぜ」  隆が、言葉に詰まりながらも、明るく言い放った。その時、透の中の、何かが決壊した。 「……反省してんのかよ」 「なんだよそれ」 「なんで駄目だったと思う? 脚本は何回も書き直したし、撮影も録音も、何回見たって他の自主制作映画と比べて、頭一つ抜け出てると思う」 「俺だってそう思ってるよ」 「じゃあ」 「俺のせいだって言いたいんだよな」 「そうは言ってないだろ」 「じゃあ」と言葉を切って、隆は身体を丸めて膝に手をついた。吐きそうになるのを耐えているようにも見えた。 「反省ってなんだよ」 「……え、してないの? 自分の演技は完璧だとか思ってんの?」  評価されない悔しさや苛立ち、先が全く見えない不安。それを、自分だけが感じでいるのではないかと透は思った。自分だけが苦しみを背負いこんで、損をしているのではないかという気になった。目の前にいる能天気な奴のプライドすべてを壊してやりたくなった。  透が反応を待っていると、「お前とはもう付き合いきれない」と、珍しく大きな声で隆は言い放ち、アパートの中へと消えて行った。  以降、お互いに一切の連絡を取っていない。半年後に、透は別の映画祭で監督賞を受賞するも、その喜びを分かち合う仲間はもういなかった。   隆は今、何をしているのだろうか。  透はあくる日、かつての仲間の高遠 健と連絡を取ってみた。  数年前に高遠とレンタルビデオ屋でばったりと会った時、彼は脚本家の夢を一旦脇に置いて、保険会社で働いていると言っていた。安定した仕事だし、金もたくさん貯まるだろうと透が羨ましがったら、創作に身を置く時間がほとんど取れず、夢を忘れてしまいそうだと苦笑いしていた記憶がある。  翌日、金曜日の夜なら長電話が出来ると言われてかけてみると、高遠は愛想よく電話口に出てくれた。 「なんで金曜日の夜なら、大丈夫なんだ?」  透が尋ねると、 「土日は彼女と一緒に過ごすことが多いんで。平日夜だけが、自由な時間っす」  と、高遠は照れた様子で返してきた。  曜日と関係のない日々を送っている透には、自分の生活を律するものがあることが、妙に羨ましく思えた。 「みんな、元気にしてるかなあ」 「たまに集まって飲んだりしますけどね。みんな、真面目にサラリーマンやってますよ。そんな中、夢をずっと追いかけて、しかも叶えつつある先輩はすごいです」  飲みの席に呼ばれていないことに、ほんの少しの疎外感を抱いてしまう。そのせいか、口調が少し荒くなってしまった。 「お前はどうなんだよ。脚本家目指してるって言ってたじゃないか」  言い終わるや否や、高遠は吹き出した。 「無理に決まってるじゃないですか。脚本で生活が成り立つなんて、一握りも一握り」 「そうかもしれないけどさ」 「僕なんか、超がつくほどの凡人ですから……やべえ、今の会話彼女に聞かれなくてよかった。めっちゃ恥ずかしいっす。映画の世界を目指してたとか、彼女には言ってないですからね」  どう応えていいかわからず、そんなこと言うなよ、と絞り出すように返すのが精一杯だった。    あの日、狭い部室の中で夢を語り合ったあの日々は一体なんだったのだろうか。口にした熱い気持ちは、まるっきり嘘だったのだろうか。透は、自分が馬鹿にされているような感覚になった。自分で選んだ自分だけの道を一人で進んでいる間に、とんでもない道に出てきてしまったような不安感だった。  「あ、そういえば」高遠の声色が変わった。 「どうした?」 「いや…なんでもないです」 「なんだよ、言えよ」 「……横山さんなんですけどね。この半年、誰とも連絡がつかないんですよ」 「……え?」 「連絡を送っても既読が付かないし、美術をやってた小野が電話をかけても出なかったって。SNSの更新も、半年前から止まってるでしょ。ドロップアウトっていうか、消えちゃった感じがあって」  高遠に連絡することで不安感から解消されることを期待したはずが、不吉な言葉が並んだ。  何かに安心したくて電話を切る直前、なんでもない口調を装って尋ねた。 「なあ……俺ってもしかして、周囲から煙たがられるような存在だったのか?」 「どうしたんですか、先輩」  彼は笑いにくるんで、返事をはぐらかした。思っていることを言わない、せめてもの優しさだったのかもしれない。誰かの善意によって、自分が今この場所にいるのかもしれないなと思うと、胸が締め付けられた。

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