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 陸と志穂は、思いもしなかった美玖の言葉に、へ? と間抜けな声を発して目を開け顔をあげた。 「あの、引き分けってどういう……」 「おばあちゃんの手紙の続きの、私なりの採点結果」  陸と志穂はあまりにほっとし過ぎて、魂が抜ける寸前まで行った。 『俺の手紙を読んでたわけじゃなかったのか……。よかった……』  しかし両者の安堵もつかの間、美玖が二人に駆け寄って来て、嵐を呼ぶ問いを発した。 「ねえ、りっくんも志穂ちゃんも、私に手紙を書いてくれてたのね? さっき二階で読んだおばあちゃんの手紙には、『作った』としか書いてなかったから、何を作ってくれたんだろうって思ってたの」  陸と志穂の体が固まる。ついでに心臓もほんの一瞬くらいなら止まっていたかもしれない。 「あのそれは、ほらだからあれだ、な、何かの間違いじゃないかなー、なんて思ったりしてだな……」 「でもあれよほら、に、人間は間違えることを宿命とした生物だから、その、あれ、ね?」  しかし美玖は首をかしげつつ、便箋を指さした。 「でも、ちゃんとここに書いてあるよ? うちの中学って、卒業イベントでタイムカプセルを作るじゃない。でも転校する私は参加できないから、せめてりっくんと志穂ちゃんと一緒のタイムカプセルを作らせてあげようと思って、二人に手紙を書いてもらったって」  美玖の言葉を聞いて、陸は思った。 『それ、事実を捻じ曲げてんじゃん! タイムカプセルだなんて、俺には一言も言ってなかったじゃん!』  一方、志穂は陸をにらみつけていた。  中学二年の時、美玖の祖母の依頼を仲介した陸が、嘘をついたか勘違いしたかではないかと疑ったからだ。  陸はすぐに志穂の目線の意図を読み取り、素早く顔を横に振り否定する。  しかし二人のやり取りを見ていた美玖は、陸の志穂への否定の仕草を、自分へのものと勘違いしてしまった。  美玖はあからさまに、しょぼん、と肩を落とした。 「そっか……。結局二人とも手紙は書いてなかったのね。それじゃあおばあちゃんの計画は未遂に終わったのか……。残念だなあ。私も今から手紙書いて、三人一緒のタイムカプセル作りたかったのに……」  美玖の誤解の内容を把握した陸は、俺の手紙読まれなくてラッキー、と思う反面、いや、それでいいのか? と思ってしまった。  このまま自分が書いた美玖への告白手紙が、闇から闇に葬られて行くのなら、これ以上の幸運はないが、しかし目の前の悲し気な美玖を見ていると、このまま放っていてはいけない気もする。  陸が悩んでいると、志穂が美玖に尋ねた。 「ところで引き分けってどういうことなの? 勝ちはきっと、お祖母さんが私たちにタイムカプセル用の手紙を書いてくれって、依頼して来たことよね。つまりその気持ちが嬉しいってことでしょう? じゃあ負けは?」  美玖は口をとがらせて志穂に言った。 「おばあちゃんさ、タイムカプセルもどこかに隠したって書いてあるのよ。一応ヒントは書いてくれてるんだけど、要するにさらに探せってことよ。  でも私はせっかく書いてくれた手紙を、そんな風にイタズラの種に使うのって、失礼じゃないかって思うんだけど!」  しかし美玖はそう言ってから、はたと便箋に目をやり首をかしげた。 「あれ? でも、実際には手紙は書かれてなかったのよね? じゃあなんでおばあちゃんは、タイムカプセルを隠したりしたのかしら?」  美玖が矛盾に気づいたことが分かり、陸は慌てた。  この流れだと美玖が、祖母の隠したタイムカプセルを探し出して、二人の手紙の代わりに何が入っているのか確かめよう、と言い出しそうな気がしたからだ。  しかし陸がそれを止める手立てに頭を悩ましていると、突然志穂がしゃんと背を伸ばし、美玖に向かって声を張って言った。 「いや、ちょっと待って。それは美玖の誤解よ。少なくとも私は手紙を書いたわよ。間違いなく」  志穂の発言に、陸は慌てるを通りこして、全身が凍り付くと同時に頭まで冷え、そして思った。 『上条の手紙は自分と違って、今読まれても特に問題のない文面なのだろう』  素直にそう解釈したのだ。  だがもし、陸が志穂の書いた手紙の内容を知っていたなら、話は違っていたはずだ。  陸のそれを、数倍はパワーアップさせた恥ずかしさの、あの告白文。  陸は間違いなく、この百合女は頭がどうかしてしまったに違いない、と断じたに違いない。  しかし実を言うと、志穂の頭はすでに冷静になっていた。  本来の明晰な頭脳を正常に回転させた結果が、先の、自分は美玖への手紙を書いたという発言だったのである。  もちろん志穂だって、あの手紙を美玖に読まれるのは死ぬほど恥ずかしい。  だが、上條志穂は勝負師なのである。  強豪だった中学の女子バスケ部で、二年生からエースとして活躍し、試合の流れを読む視野の広さと判断力、そして何より、勝負所でひるむことなく前進する突破力は、高い評価を受けていた。  志穂はこう考えていた。  今現在、美玖は志穂を同性の親友だと思っている。  だが志穂にとってその事実は、美玖と恋人同士になるための障害でもあると見ていた。  つまり、美玖が志穂に対して友人として強い信頼を寄せているからこそ、逆に恋愛対象へと見方を変えてもらうには、相当高いハードルが待ち構えていると読んでいたのだ。  ならば、たとえ中学時代の自分が失笑されても、その頃から志穂が美玖を恋愛対象として見ていたことが伝わることのメリットの方が大きい。  彼女はそう判断したのだ。  一方美玖は、志穂の深謀遠慮には気づかず、当然のように陸も手紙を書いてくれたのかとたずねた。  陸はこの質問にわずかに動揺したが、しかし仕方なく、「書いたよ」と正直に答えた。  志穂が書いたのに自分は書かなかった、と美玖に思われるのを避けるための、苦渋の選択だった。  だが志穂は、陸の一瞬の動揺から、すぐさま彼の書いた手紙の内容を推理した。 『……もしかすると幸村も、美玖への告白文を書いてたのかも……』  志穂の勝負師コンピューターが再度フル回転した。そして立ちどころに次の答えをはじき出した。 『もし仮にそうなら、ますますここは引けない。引くべきではない。いや、引いてなるものか!』  心のうちに燃えたぎるような闘志を秘めながら、しかし外面そとづらだけはクール美女系女子高生を演ずる志穂は、しれっと美玖に申し出た。 「そういうことなら、修学旅行の企画としてタイムカプセル探しをしない? あ、でも美玖だけ時間遅れの手紙を入れるっていうのは、ちょっとかわいそうよね。  ならとりあえず私たちの分は、当時の美玖へのメッセージとして、見つけたあとすぐ読んでよ。それから改めて、三人一緒に新しく未来の自分たちへのタイムカプセル、作ろう?」  何も知らない美玖は、素直に喜んだ。 「いいの? 嬉しい!」  陸は勝手に進んでいく事態に、ひたすらうろたえていた。  しかしそうしている間にも志穂は、なんら疑うことなく喜ぶ美玖に対して、 「三人でお祖母さんの隠したものを探して見つけるって、お祖母さんへの供養にもなると思うの。私ね、きっとお祖母さん、天国で喜んでくださってると思うわ」  などと、策謀渦巻く内心を巧妙に隠しつつ、美玖の気持ちを上げ続けている。  その様子を見ていた陸は、しぶしぶながら、ひとつの決断を下さざるを得なかった。  幸村陸は、美玖に小学生のころから恋心を抱いていながらも、具体的なアプローチは何もしてこなかった優柔不断男である。 『けど、このままじゃいけない。そうだよ、良いわけなかったんだ!』  そう。  上條志穂の策略は、思わぬ形で陸というライバルに、奮起をうながす結果を招いてしまったのだ。  陸は思った。 『……そうだよ、考えてみれば単純なことなんだよ。  あのだっさい中二病告白を読ませるのが嫌なら、その前に俺が美玖に告白したらいいんだ。  その後で付け加えとして、中学の頃はこんなバカみたいなことしか書けなかったけど、高二になった俺は違うぜ、とか言って……。そんな風に美玖とあの頃の俺を笑えたら、それはそれでいい雰囲気になるかもしれない……』  かなり自分に都合のいい流ればかりを想定せざるを得なかったが、しかしこれで陸の気持ちも固まった。  もちろんこの決断は、上條志穂には知られていない。  さらに当人ターゲットである小斗坂美玖に至っては、志穂どころか陸の思惑も想像すらできず、陸からタイムカプセル探し企画について了解を得ると、ただ単純に喜び、陸と志穂には見慣れたあの可愛らしい跳ね方をしながらこう言った。 「やったー! 修学旅行企画はタイムカプセル探しに決定だあ!   あー、見つかった後、私何書こうかなあ。将来の夢かなあ。それとも……おおっと。これを言っちゃダメだよね。次にタイムカプセルを開けるまでのお楽しみだもんね!」    こうして、同じ小斗坂家の裏庭にいる三人組は、三者三様のまったく異なる想いを抱いたまま、明日からタイムカプセル探しをすることになったのである。  そしてもう一人。  この騒動のきっかけをつくった愛ちゃんはと言えば、幼稚園児らしからぬ静かな微笑みを浮かべつつ、騒々しい高校生三人を見守っていたのである。

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