美玖は続けた。 「私、もちろん言いにくかったんだけど、まだ小さい子だからって、私のパパはもう死んじゃって、ママはどこか知らないところに行っちゃったのって、事実を伝えたのよ。 そしたら愛ちゃん、ママはいつ帰ってくるのかって尋ねて来てさ。 私、ここで誤魔化してもこの子に悪いと思って、それが、ちっともわかんないのって正直に話して、この話は終わりにしようと思ったのね」 美玖は淡々と話す。 しかしそれが出来るようになるまで、彼女にどれほどの苦しみがあったのか、陸と志穂には容易に想像がついた。 しかし美玖は二人が察した彼女の胸中とは逆に、屈託のない明るい笑顔を見せた。 「そしたら愛ちゃんさ、こんなこと言ったのよ? 『だったらその間、愛がお姉ちゃんのママになったげる!』って。 私その様子があんまり可愛くってさ、ほんとにこの子をかまってあげたくなってね。 『でも、お姉ちゃんの方が大きいからそれは変よ。だからお姉ちゃんが愛ちゃんのママになってあげる』って言ったら、この子大喜びで叔母さんを呼んだのよ」 美玖がそう言って後ろをふりむくと、地顔が笑顔のような圭子叔母は、ますます笑みを深くして、足にしがみついていた娘の愛を抱き上げ言った。 「この子ったらねえ、私に自慢までしてきたのよ。『私、おかーさんとママと、両方できた! すごいでしょ』って。私はどうせおままごとの延長でしょって思ったんだけど、愛はそれをずっと続けてるのよ」 しかし愛ちゃんは、自分が非難されていると思ったのだろう。不服そうにつぶやいた。 「だって、美玖ちゃん愛のママだもん……」 すると美玖は、後方の愛ちゃんに向かって優しく笑いかけた。 「そうですよ、美玖は愛ちゃんのママですよ~」 さらに美玖は陸と志穂の方を向いた。 「私、愛ちゃんからママ、ママって言われて懐かれてたらさ、なんだか親心みたいなのが少しわかった気がして……。おかげで少し気持ちの整理がつけられるようになったの」 そう言う美玖だったが、しかし陸と志穂はまだ複雑そうな表情をしている。 美玖はそんな二人に苦笑いを向けた。 「そんな顔しないでよ。私、ほんとに元気になったんだから。そうじゃなきゃこの、前に住んでた家に二人を呼んだりしないはずでしょ?」 「……無理、してるわけじゃないんだよな?」 陸がそう言うと、美玖は「えー、信用無いんだなあ」と頬をふくらませた。 「気になるさ。だってさ、あの時俺たち、全然なにもできなかったわけだし……」 すると美玖は首を大きく横に振った。 「そんなことない。りっくんも志穂ちゃんも、ちゃんと私を支えてくれてたんだよ」 陸と志穂が、それどういう……と言いかけたところで、美玖はきちんと居ずまいを正して、深々と二人に頭を下げた。 「あの時は心配かけて、本当にごめんなさい。ろくなお別れも言わずに、逃げ出すように二人の前から消えてしまって、ほんとに申し訳ないと思ってる。 それに、メッセージで連絡取りあってた間も、私、心配かけ通しだったよね。りっくんと志穂ちゃんが、すごく気をつかいながら、言葉を選んで話題も選んでくれてたの、すごくありがたかった。 だって本当に私、気持ちが弱り切ってて、ふらふらだったから。でもね、おかげでしっかり目標を立てることが出来たの」 「目標?」 志穂の問いに美玖は少し目をうるませたものの、しかし口元の笑みは絶やさず答えた。 「前と同じように、三人で心の底から笑いあえる、元気な私に戻るんだって。それが心配かけたみんなへの何よりの恩返しになるって、気付くことが出来たの」 陸も志穂も、思わず駆け寄って美玖を抱きしめたくなる衝動を、ぐっとこらえた。 彼女を好きになってよかった。 そして、今も好きでい続けられることが、何より嬉しい。 感謝の言葉は、陸と志穂の方から言いたいほどだったが、しかしそんな湿っぽいのは自分達らしくない。 美玖だって、きちんとけじめをつけたかっただけで、しかし空気がおかしくならないよう、わざと愛ちゃんというワンクッションを置いたに違いない。 そうだ。たしかに彼女はこう言った。 前と同じように、と。 もとより、気が合って自然と仲良くなった三人である。阿吽の呼吸で、かつての自分たちのやり取りを復活させることが出来た。 長身の志穂が腕組みをして、さらに胸をそらせて小柄な美玖を威圧するようにして言う。 「それはそれとして、さっきの茶番は笑えないわね」 陸も続いた。 「自分が振ったネタで自分だけ笑ってるって、それ最悪だぞ?」 「うわ、二人ともきっつい。愛ちゃーん、ママお友だちにいじめられてるよー」 しかし頼りの従妹の愛ちゃんは、すでに圭子叔母の腕を抜け出してどこかへ消えてしまっていた。 「ほら、愛ちゃんにも見捨てられた」 「あー、愛ちゃーん……。はあ、それじゃあ仕方ないな。残りの幸村陸と上條志穂と遊んでやっか」 「なんで急に上から目線になるのよ?」 「身長大して伸びてないくせに」 「あー、でもそういえばりっくん、伸びたわねぇ。もう少しで志穂ちゃんと同じくらいじゃない?」 「俺は成長してんだよ、成長」 「私は中身の充実に力を入れているのよ。図体ばかりで内容がスカスカの人間にはなりたくないからね」 「うわ、こいつの口の悪さ、ちっとも直ってねえ」 息の合ったやり取りに、三人ともが笑顔になった。 その様子をほほえましく見ていた圭子叔母は、軽くぱんぱんと拍手をして言った。 「さあさ、この暑い中で立ち話もなんでしょうから、中に入って冷たいものでも飲んで、まずはゆっくりしてちょうだいな」 包容力抜群の申し出に甘えて、三人は家の中に入って行った。
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