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 勢い込んだ三人だったが、その十数分後、一同は想い出の地である駄菓子屋、「きむら商店」の前で、悲し気に立ち尽くすことになった。  店にはシャッターが下ろされ、まだ新しいものの、しかしはっきりと「永年のご愛顧まことに有難うございました」ではじまる、きむら商店が営業を辞めたことが書かれた貼り紙がはってあったからだ。 「店、閉めちゃったんだ……」 「結構はやってたはずなのにね……」  しばらくヒント探しも忘れて、残念さを噛みしめていた三人は、自然にかつての想い出話を始めた。 「私もりっくんも小学生の頃から通っててさ。お小遣いのほとんどはここに捧げてたような気がする」  志穂が看板を見上げつつ言った。 「私は中学生デビューだったわ。制服姿で駄菓子屋で待ち合わせって、最初は恥ずかったけど、いつの間にか、まったりした雰囲気が心地よくなったのよねえ」 「……あ、でもそういえば元々は待ち合わせ場所、ここじゃなかったわよね。校門近くだったかしら。あれ? でもなんでここにしようってことになったんだっけ?」  美玖がそう言って首をかしげると、陸は苦虫を噛み潰したような顔つきで横を向いた。  しかし志穂は陸には構わず、驚いて美玖に言った。 「美玖、あなた忘れたの? 幸村が言い出して、そのあと来なくなって……あんなに心配してたのに?!」  しかし陸は美玖が答える前に、この話題はやめようとばかりに二人に言った。 「それより今はヒント探しだろ? どうする? 店のおばさん呼び出して、心当たりがないか聞いてみるか?」  きむら商店は店舗兼住宅で、店の裏手は店主たちが住む家だから、呼び出して尋ねることはできる。  しかし志穂は顔色を曇らせた。 「……ていうか、おばさんお元気なんでしょうね?」 「そうあってほしいけど……でも、何もなければお店閉めることなんか……」  美玖の声も沈みがちだ。  その時だった。  カランカランという木製のサンダルらしき音が、シャッターの中から聞こえてきたのだ。  そして懐かしい声が三人の耳に届いた。 「何かご用ですかー。うちは店閉めたんですけどー」  美玖と志穂の顔がパッと明るくなった。  三人が「少しお聞きしたいことがあるんですがー」と大きな声で返事をすると、閉まっていたシャッターが開けられ、中から『きむら商店』の木村おばさんが顔を出した。 「あら。たつ子さんのお孫さんじゃないの」  祖母の名前を出された美玖はびっくりしていたが、その間に志穂が要領よく、この店を訪問した理由を手短に話した。  すると木村おばさんは愉快そうに笑って、三人を店の中に招き入れてくれた。  店内で三人と愛ちゃんに、冷たい麦茶とソフトせんべいをふるまった木村おばさんは、懐かしそうに言った。 「タイムカプセル探しねえ。お孫さんにそんな置き土産をするだなんて、たつ子さんらしいわ」 「祖母とお知り合いだったんですね」 「ええ。でもそれをあなたに言っちゃうと、他の子に、知り合いだからこっそりえこひいきしてるんじゃないか、とか思われちゃいけないと思って、黙ってたのよ」 「祖母とはどういうご関係だったんですか?」 「私は若い頃から俳句が趣味でね、たつ子さんも入ってた俳句同好会のメンバーだったのよ。まあ、私なんかはペーペーで、たつ子さんはお年もそうだけど俳句もほんとにお上手で、重鎮、って感じだったんだけどね。でも孫が店に通ってるからって言って、何かと可愛がってもらってたのよ」  しかしそう言った木村おばさんは、表情を曇らせて続けた。 「たつ子さんのこと、俳句同好会を通じて聞いてますよ。この度は本当にご愁傷さまで……。でも、あんなに元気だったたつ子さんがねえ……」  しかし美玖は、木村おばさんに気を遣わせまいとしたのだろう。年も年だし、本人も大往生のつもりだったみたいですから、と丁寧な返礼とともに答えた。  一同が美玖の祖母のことでしんみりしている中、それまで大人しくしていた愛ちゃんが、突然大きな声でたずねた。 「おばちゃん、タイムカルセプはここですかっ!?」  大声にびっくりした木村おばさんだったが、すぐに我に返り、そうそう、それよそれ、とつぶやきながら立ち上がると、店の奥の母屋おもやに向かって小走りに駆けて行った。  戻ってきた木村おばさんの手には、一通の封筒があった。  手渡された美玖が見てみると、やはり、 『美玖、陸、志穂以外はあけるべからず』  と大書されている。  木村おばさんは楽しそうに、ことの経緯を美玖に話した。 「たつ子さんに、あんたが一番同好会で若いから、これを預けるって頼まれたのよ。絶対孫が取りに来るからって。しかもね、 『孫が来る前にあんたが死んじまうこともあるだろうから、あらかじめ遺言として、この手紙をずっと家で預かり続けるよう、家族にしっかり伝えとくんだよ』 なんてね。そりゃもう、冗談とはとても思えない、重々しい感じで言われちゃってねえ」  木村おばさんは思い出し笑いをしたが、祖母の傍若無人な言いざまを聞かされた美玖は、顔を真っ赤にして、「うちの祖母が失礼なこと言ってすいません……」と消え入るような声で謝った。  三人は木村おばさんによくお礼を言ってから店の外に出て、次の目的地を目指すことにした。 「次もヒントよね?」 「そうだろ」  陸と志穂が興味津々のなか、美玖が便箋を開いた。  すると三人は同時にえっと声をあげた。  なぜならそこには、 『金の絵の裏にあり』  としか書かれていなかったからだ。  しかし、この謎はすぐに志穂が解いて見せた。 「これはきっと、幸村が市だかなんだかのコンクールで、金賞を取った絵のことよ。今も美術室に展示してあるんじゃない?   つまり次もヒントで、封筒のたぐいが額縁あたりに隠されてるんじゃないかしら」 「ああ、そうだろうな……」  陸は歯切れ悪く同意した。  志穂はその様子にけげんな目線を送ったが、しかしすぐ後に続いた美玖の言葉のインパクトに、そのことはすぐに忘れ去られた。  美玖はこう言ったのだ。 「へえ、りっくんってそんなにすごい賞、とってたんだ」  志穂は思わず美玖の肩をつかみ、身体をゆすらんばかりにして問いかけた。 「なになになに、美玖ってばそれも忘れてんの? 三人で展示会観に行ったじゃない。せっかくこの、平凡なこと以外なーんも取り柄の無い凡人男が脚光を浴びた、もんっのすごくレアな出来事よ? それを忘れちゃったの?」  陸が志穂の言いざまに不機嫌な様子を隠さない一方、美玖は慌てて思い出せない言い訳をした。 「そんなに大げさに言わないでよ! きっと単なるド忘れ、そうよ、ド忘れしちゃっただけなんだから!」  しかし志穂はちらりと陸を見やると、わざとらしくため息をついた。 「そうだとしても、幸村にとっちゃ悲しいことよねえ。中学時代の唯一の晴れ舞台が、美玖の記憶から消されてるなんて……」 「消されてないってば! そうだ、絵を見たらちゃんと思い出すよ!」  必死になっている美玖を横に置き、志穂はしたり顔で陸の肩に手をおいた。 「残念ね、幸村。私は悲しいよ。あんたの努力がこんなにもはかないものだったとは……」  そう言われた陸はというと、志穂の芝居がかったセリフ回しに、さてはこいつ、なんかたくらんでやがんな、と気づいた。  するとやはりというべきだろうか。  志穂は自らの恋のターゲットである美玖に向き直り、優しく両肩に手を置いて、じっとその瞳を見つめながらさとすように言った。 「でも美玖、それが正解かもしれないわよ? なにしろ幸村は、普段から平凡なこと以外何も出来ない男なんだから。そして肝に銘じておくのよ。凡人というのはえてして退屈なものなの。だから間違っても付きあう相手に、凡人を選んではいけないのよ。だってすぐに飽きてしまって、双方が傷つく結果にしかならないから」  美玖は志穂が冗談を言って、陸の絵のことを忘れていた自分をフォローしてくれているのだと思い、「うんうん、そうかも」とけらけら笑っている。  だが志穂は、「これはホントのことだから。平凡男には近寄るな。ね?」などと言いつのっている。  それを聞きながら陸は、この戦闘特化型百合女子め、油断も隙もねえな、などと思っていた。  しかしもう一方で、あの金賞の絵を描いたころの、上條志穂とのエピソードについても、彼は思い出していた。  確かに志穂は昔から陸を何かとライバル視して、隙あらば蹴落とそうとする抜け目のない女だった。 『でも、だからと言って根性が悪いわけではないんだよな。あの時だって、こいつがいなかったら俺は……』  そう思った時である。  陸はある重大な事実に思い当たり、愕然とした。  志穂も美玖も、陸の様子に気づいてそちらを向いた。  陸は口元を引きつらせながら二人に言った。 「……やっぱり美玖のばあちゃん、俺たちをスタート地点の中学校に戻らせてるじゃん……」  陸と美玖と志穂の脳裏にははっきりと、空の上の方で高笑いしている祖母の姿が映っていた。

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