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 声の調子、跳ねるようなその仕草。  華やか、というのは彼女のためにある言葉であるような気さえしてくる。  女子の中でも小柄な部類に入る身長は少し伸びたようだが、その均整の取れたプロポーションは以前と同じだ。いや、元々豊かだった胸元は、さらに女性らしさが増してきているか。  だが、テニス部でほんのり日焼けしていた肌は、色がすっかり落ちていて、今は透き通るような白い肌になっている。しかしそれが陸にも志穂にも、まぶしすぎるほど光り輝いて見えたことは言うまでもない。  中学時代の美玖は、その大きな瞳とほどよく膨らんだピンクの唇、小鳥を思わせる愛らしい鼻で形作られた小顔と、可愛さの中にも十分に女性らしい発育を見せていたスタイルの良さで、道行く人誰もが振り返るような美少女として、学年、学校どころか近隣中学からも注目を受けていた。  だが今は、それがさらに磨きがかかっていると断言できる。  実際今も、久しぶりに姿を現した美玖は、陸と志穂の目をくぎ付けにし続けている。  二人は確信することが出来た。  目の前にいるこの少女は、どこからどう見ても、自分たちを魅了し続けた明るく元気な美玖そのものだ。  この事実は彼女の今の姿について、不安ばかりが先立っていた陸と志穂の胸に深く響き、思わず二人は感極まりそうになった。  だが当の美玖本人は、そんな湿っぽい感慨を吹き飛ばすかのように、二人に出会えた喜びを、満面の笑みという、これ以上ないプレゼントとして陸と志穂に渡してくれた。  嬉しい。本当に嬉しい。  陸は心の底からそう思った。  ところが陸は喜びのあまり行動が空回りしてしまって、 「ああ、ほんと久しぶりだな」  と、かろうじて返事はしたものの、その後の言葉が続かない。  わざわざ二人のために着てくれたであろう、ワンピースを褒めればいいと分かってはいても、では具体的にとなると、全く見当がつかなかったからだ。  しかし一方志穂は一歩前に出て、上から下まで美玖を見やったあと、にっこりと笑顔を見せて美玖に言った。 「すごく似合ってるわ、そのワンピース。今日のためにおしゃれしてくれたの?」  美玖は花が咲いたように微笑んだ。 「あ、やっぱわかる? 実はこれ、叔母さんのお古なんだけど、一周回って今もいけてるじゃんって思って、仕立て直してもらったの。どう? 変なところない?」  美玖がワンピースのすそひるがえし、半回転して服全体を見せる。  すかさず志穂が、ステキだわ美玖、そういう淡いピンク、着こなせる人なかなかいないよ、と本気度百パーセントで褒めにかかる。  さらに志穂はまごつくばかりの陸を尻目に、美玖にブランド物のTシャツやバッシュを見せた。 「ほらほら、私も結構がんばって来たのよ」  美玖は、いいじゃんいいじゃん、シンプルなおしゃれってなかなか出来ないのにー、と志穂の装いを褒め、女子二人の会話は盛り上がりを見せている。  陸はここは完敗だ、と落ち込んで肩を落としていると、あることに気づいた。  陸はそれがいかにも美玖らしく感じて、思わず笑いがこみ上げてきた。 「何? どしたのりっくん?」  陸の様子に気づいた美玖がたずねてきた。すると志穂もわかったようだ。 「……美玖、あなた裸足じゃない」  玄関でスリッパを脱いで靴を履いて、という手順をすっとばして、二人に歓迎のためのおしゃれ姿を見せてくれたらしい。  美玖は顔を真っ赤にして、うわうわうわ、とうろたえつつ家の中に撤退するが、美玖には悪いがその姿でさえ可愛い。そして、そんなにも自分たちに会いたかったのか、と思うと、なおさら嬉しい。 「叔母さーん、雑巾もってきてもらえないー? 足汚しちゃったのー」  玄関のあがりがまちに腰かけた美玖が、後ろを振り返って声をかけた。  陸と志穂は美玖の叔母が出てくると思い、挨拶のための心の準備をしていたのだが、しかし実際には違った。  4、5才くらいだろうか。かわいらしい幼女が、雑巾を片手にとことこと廊下を歩いて美玖のところへやってきたのだ。  陸と志穂が、誰だろう、と思う間もなく、幼女は美玖に声をかけた。 「ママ、これでいいの?」  ママ?  二人は耳を疑った。  だが、美玖はなんの訂正もせずに、幼女に答えた。 「愛ちゃんありがとー。ママうれしいな」 『美玖が自分でママって言ったーーーー!』  陸は心の中で絶叫した。 『美玖自身があの子の母親だって認めてるーーーーー!』  志穂も同じように絶叫した。  一方愛ちゃんは二人の胸中など知る由もなく、無邪気に美玖にたずねた。 「ママ、この人たちだあれ?」 「あのねー、このお兄ちゃんとお姉ちゃんは、ママの大切なお友達なのよー」  美玖は口をパクつかせるばかりの二人の反応を意に介さず、美玖の足の裏をふきたいという愛ちゃんの申し出に素直に従い、足を向けた。 「うわっ、ちょっと愛ちゃん愛ちゃん、ママくすぐったいよ!」 「ダメです、ママはきれいきれいするまで我慢なのです」 「あーそだねー、ばっちいしちゃったママがいけないんだもんねー……うひゃひゃひゃ、やっぱくすぐったいってば!」 「マーマー、がーまーん」  陸と志穂はその光景を呆然と見つめながら、必死に頭を回転させようとした。  だが哀しいかな、あまりの出来事に彼らの脳は、スクラップ置き場の廃パソコンよりも機能が低下していた。 『待て待て待て、冷静になれ、俺! 美玖が転校したのは、中二の冬、そして今は高二の夏。しかしこの子はどう見ても4才か5才くらい。つまり計算が合わない。  てことはこの愛という女の子は……ものすごく発育がいい1才児か2才児ってことか?!』  陸は、合ってないのはおのれの思考のピントだ、ということにさえ気づけていない。  一方志穂はと言えば、こちらも陸と大して変わりなかった。 『考えるのよ志穂! この子の見た目の年齢と私と美玖が離れていた時間が、あまりにも釣り合わないじゃないの!  はっ……するとまさか、私の知らぬ間に美玖は中学時代に、誰にも気づかれずに妊娠を?   となるとすなわち、いつの間にかそれだけ人類の医学が進歩していたということなのっ?!』  陸と志穂はこんな調子だったので、当の美玖が愛ちゃんの相手をしながら、横目でちらちらと二人を見つつ、口元をゆるませていたことに全く気付けていなかった。  そこへ玄関から続く廊下の奥から声が聞こえた。 「あらあら美玖、暑い中お客さんを待たせたままじゃダメじゃないの」  そう言いながら姿を現したのは、三十代も後半にさしかかっていそうなご婦人で、胴も手足も、どのパーツも見事なまでの曲線をたもっていて、つまりは丸っこく小太りしていたのである。  だが同じく丸いその顔からは、笑顔以外の表情が想像できず、見た人を残らず和やかにさせるような愛嬌に満ちあふれていた。 「圭子叔母さん」  まず美玖が、彼女をそう呼んだ。 「おかーさーん!」  続けて愛ちゃんが、全体的に丸っこい圭子叔母さんという女性に向かって駆け寄って行った。 「え? ママ? おかーさん?」  陸がうろたえつつ、美玖と圭子叔母を交互に見やりながらつぶやくと、ついに美玖が爆笑した。 「あははははっ! りっくんたら、ドッキリに引っかかった若手芸人さんみたい!」  しかし陸は、え? なにそれ? と口にするだけで、まったく要領を得ない。  だが志穂はいち早く事態を飲み込めたようで、こほん、と大げさに咳ばらいをして美玖に言った。 「美玖。茶番はそれくらいにして、お二人を紹介してもらいたいんだけど?」 「ふふ、ごめんね。こちら、圭子叔母さん。今回わざわざここまで足を運んでくださったの」  圭子叔母が「はじめまして」と挨拶をすると、志穂はきちんと、陸はなんとか、挨拶を返した。  さらに美玖は、先に陸たちを驚かせた幼女も紹介した。 「あの子は叔母さんの一人娘で、愛ちゃん。つまり私の従妹いとこってわけ」  美玖に「お兄ちゃんお姉ちゃんにご挨拶して」と言われた愛ちゃんは、「愛です、4才です」と右手の親指を曲げて、指の数で自分の年齢をアピールした。  一方、ようやくショックから立ち直った陸は、美玖に言いつのった。 「おいおい。もしかしてこのドッキリをやるために、あの子にママって呼ばせるように仕込んだのかよ?」  しかし美玖はふくれっつらをした。 「ドッキリじゃないよ。サプライズだよ」 「どっちでも一緒だよ!」 「でも、驚いたでしょ?」  してやったりと言わんばかりの美玖だったが、サンダルを履いて立ち上がると、二人に向かって落ち着いた口調で事情を話し始めた。 「驚かせたかったのは本当だけど、そのために愛ちゃんを仕込んだわけじゃないの。あの子、ずっと私の事をママって呼んでるのよ」  訳が分からず、ぽかんとしている陸と志穂だったが、美玖は少しだけうつむいたものの、すぐに顔をあげて話を続けた。 「一年くらい前かな、親戚の集まりがあったのね。私は久しぶりに出席したんだけど、その時に愛ちゃんと仲良くなったの。  それでね、親戚の子たちは皆家族で来ているわけじゃない。だから普通に疑問に思ったんでしょうね。私に、お姉ちゃんのパパとママはどこ? って聞いて来たの」  母親、という言葉が美玖の口から発せられて、陸と志穂に緊張が走った。  彼女がサプライズと称して二人を驚かせたのも、このことを話すためにワンクッション置くための、彼女なりの気づかいだったのだろう。

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