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 三人と幼女一人は、小斗坂家の裏庭に立っていた。  陸は美玖がさきほど物置から出してきた、用途のわからないロープのついた鉄棒を指さし質問した。 「それ何?」 「おばあちゃんが発明した秘密道具よ」  美玖はそう答えると、裏庭の大きな庭石の下に鉄棒を差し込み、さらに家側の小さな庭石の上に鉄棒を乗せ、そのまま鉄棒を陸に持ってもらって、自分はロープを雨避けひさしの柱にくくりつけに行った。  作業を終えた美玖は、自慢げに二人に言った。 「テコの原理よ」  そう言うや、美玖は鉄棒の端に全体重をかけた。  すると大きくて重そうで、とても動かせそうになかった庭石が、二十センチほど鉄棒を突っ込んだ側を浮かせたまま傾いた。  美玖はそのまま鉄棒とロープを固定し、庭石の下にあった穴から、黒くて四角い何かを取り出した。  小型だが、しっかりした作りの金庫だ。  美玖がダイヤル式のロックを開ける。暗証番号を知っているらしい。  そしてフタをあけた美玖は、中にあったものを取り出し高々と差し上げ、得意満面の笑みを浮かべて陸と志穂に言った。 「おばあちゃんの秘密の金庫よ。大事なものはなんでもここに隠してたの」  美玖が持っているのは封筒だった。  手紙通りなら、ここに続きが書かれているはずだ。  美玖は、自らの見事な推理に対する、陸と志穂からの称賛を待ったが、しかし二人は複雑そうな顔をして、うんともすんとも言わない。  いぶかしんだ美玖がたずねた。 「どうしたのよ、二人とも」 「いや……その……」  陸があいまいに答える。  続けて志穂が、ふと思いついたていを装って美玖に言った。 「もしかしてそれ、美玖あてのお祖母さんの遺産が書いてあるんじゃない? そういうのってトラブルの元だから、おばさんに見てもらったらどう? 私、おばさんところに持って行ってあげるから、美玖は庭石を元に戻しときなさいよ」  すると美玖は不服そうに反論した。 「おばあちゃんは余命宣告を受けてから、そういうことがないよう、自分の財産はきっちり親族に配分されるように手配してたよ。だからそんなはずないわ」  美玖はそう言いつつ、指で封筒を開けようとしている。  その様子を見て、陸と志穂は前のめりになりながら、なんとか美玖を止めようとした。  が、二人とも、やめてと口に出せない。  行動にも出れない。  もどかしそうにただ、美玖の手よ止まってくれ、と念じているように見える。  なぜ二人が美玖を止めたがっているのか。  それは二人が思い出してしまったからだ。  つまり、美玖の祖母の依頼で二人が「作った」ものについてをだ。  陸は背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、頭髪をきむしりたい気分だった。  封筒の中身は美玖宛ての祖母からの手紙であるはずなのに、なぜそうなってしまうのか。  理由は、陸はその他のものも一緒に入っている可能性が極めて高い、と考えたからだ。 『あー、くそっ。なんで二階でピンとこなかったんだ! つい美玖や上條の涙に誤魔化されちまった!   ヤバいんだよあの手紙は。まずいんだよ。ものすごくまずいんだよ、今あれを美玖に読まれちまうと!』  陸が美玖に読まれたくない手紙とは何か。  それは美玖が転校する直前に、陸が書いた彼女に宛てた手紙であった。  実は当時の陸は美玖の祖母から、いつか美玖が元気になった時に読ませたいからと、手紙を書いて欲しいと頼まれていたのだ。  今の陸の気持ちをそのまま書いてもらえればそれでいいから、ということだった。  その依頼は志穂にも、ということだったので、陸は学校で志穂に事情を話して書いてもらい、もちろん中は見ずに祖母に手渡した。  問題は、陸が書いた手紙の内容だった。  陸はたしかに最初は祖母の依頼通り、いかに美玖に起った悲劇を我がことのように嘆いているか。そして傷心の彼女に対して、何の助けにもなれない自分の無力さを悔しく思っているか。  そんな風に書き始めた。  あの当時は本当に嵐の中にいるような状態だったから、気持ちが高ぶって、涙しながら書いた覚えがある。  なんとか元気になった時の美玖に、自分たちがいかに彼女を大切に思っているかが伝わってほしい。  そう願って一所懸命に書いた。  だが、そんな中でも問題は発生していたのだ。  今、陸が恐れおののいているのは、ようやく思い出したその手紙の文末についてだった。  陸は最後に、こう書いてしまっていたのである。 『俺がこんなに美玖のことを心配しているのは、美玖のことが好きだからです。  友だちとしてなんかじゃなく、ずっと昔から、ひとりの女の子として好きだったからです。  そして、美玖がこの手紙を読んでいる今も、俺は美玖が好きでいるはずです。  間違いありません。  なぜなら、今の俺に信じられることは、二つしかないから。  一つは、美玖が絶対に立ち直って、以前の元気さを取り戻してくれるっていうこと。  そしてもう一つは、落ち込んでしまっている美玖も、元気になった美玖も、どんな美玖であっても、俺は絶対的かつ永遠に、愛し続けてるってことです』  陸は自分の脳みそに手を突っ込めるなら、いいだけ引っかきまわしたい衝動にかられた。  たしかに陸は自ら手紙で予言した通り、今も美玖が好きだ。  付き合いたいと思っている。  出来ればこの修学旅行リベンジで、もっと距離を縮めたい、あわよくば告白をと目論んでいる。  それは高二男子として、真っ当な感情と思考と行動であると、自信を持って言える。  だがしかし。  中二の頃の、あの文章はなんだ。  恥ずかしげもなく格好つけて言い切るさまは、今読めば冷笑嘲笑蔑笑間違いなしだ。 『なにが絶対的かつ永遠に、だっ! 中坊が愛とかほざいてんじゃねえ!』  陸はあの頃の自分を罵倒し呪った。  同時に、着々と封を開けていく美玖の様子を、ただ何も出来ず眼で追いながら、この世に神がいるならば、今すぐ時間を止めてくれと祈った。  だからもちろん陸には、隣に突っ立ている志穂の様子など一切目に入っていない。  だが一方、志穂の方も、陸のことなど一片たりとも脳裏に浮かべられる精神状態ではなかったのだ。  なぜなら志穂も、陸と同じ運命をたどっていたからだ。  ちなみに、志穂が書いた手紙は、このように締められていた。 『美玖は突然、同性である私から愛の告白などされて、とても戸惑っていることでしょう。  たしかに、女の子同士の恋愛は世の中に存在していますが、少数派ですものね。  けれど、私の美玖への思いは、もっと希少なものです。  なぜなら、美玖は天使。  私にとっては当然、天使。  そして全ての人類にとっても、絶対的にまごうことなき天使なのです。  さらに念のため付け加えれば、天使に性別はありません。  だからその点について心配する必要は全くないのです。  けれどもし問題があるとすれば、それはただの人類女子でしかない私が、恐れ多くも天使である美玖に恋してしまったということ自体が、罪深い行いであるということです。  しかし私は、それが許される方法が、たった一つだけ存在することを知っています。  それは、私にあなたからの愛がふりそそがれることです。  そうすればその時、私の罪は解放され、私は天使である美玖の忠実なしもべとして、必ずや命を賭けてあなたを幸せにし続けるでしょう。  私は天使である美玖が、天使にふさわしくあってもらうために生まれてきたのであり、それゆえいついかなる時でも、美玖のために私のすべてを投げ打つ覚悟があり、そして未来永劫そうあり続けることを、ここに誓います』  上條志穂は、美玖に気づかれないようきつく唇を噛みしめながら、どうしてあの時私は、あの手紙とともに炎の中に身を投げなかったのだろう、と悔やんでいた。  しかし幸か不幸か、美玖の目には陸と志穂の哀愁さえ感じさせる姿は入っていない。封を開けるやすぐさま便箋を取り出し、手紙を読み始めたからだ。 『もう、だめだっ!』 『私、終わった……』  陸と志穂がうつむき加減で身を震わせていると、美玖が便箋をめくる音が聞こえた。  着実に読み進めているようだ。   だが二人は、美玖がどんな顔をして手紙を読んでいるのか、とても見ることが出来なかった。 視線を下げたうえ、目をきつく閉じている。  そうしている間にも、便箋をめくる音は続いた。  陸と志穂が、この拷問の時間はいつ終わるのか、いや終わった時こそ真の地獄が待っている、などと思い震えていると、美玖のぽつりとつぶやく声が聞こえた。 「うーん、良いところが半分、意地悪なところが半分で、引き分けってところかなあ……」

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