小斗坂家の二階は、シンプルな間取りだ。 階段を上り切って反対方向に折り返すと、まっすぐに廊下がのびている。 部屋は手前から順に二部屋、さらに突き当りにもう一部屋。美玖が言った通り、四畳半が三部屋ある。 陸は、誰がどこの部屋なのかたずねようとしたが、美玖はその前に、一番手前の部屋と陸を指さすことで答えに変え、さらに手まねで静かにするよう指示した。 美玖は陸用の部屋のドアをそっと開けて、忍び足で中に入る。陸も志穂も同じように後ろを続く。 さらに美玖は、音をたてないようにカラーボックスの陰をのぞきこんだ。 彼女が隠密裏に何かを探していることに気づいた陸は、ピンと来た。 『そうか、愛ちゃんがかくれんぼしてるってことか』 しかし次に押入れを開けた美玖は、中が空っぽであることがわかると、残念そうにふすまを締めた。愛ちゃんの隠れ場所は、この部屋ではなかったらしい。 次の志穂用の部屋でも、同じような光景が繰り返された。 だが残念ながら、ここでも愛ちゃんの姿は発見されなかった。 しかし、残りは一部屋だ。 子供の頃、陸が小斗坂家の二階に上がることはめったになかったが、しかしそこが美玖の祖母の部屋だということは知っていた。 先頭の美玖に続き、陸も志穂も、愛ちゃん最後の砦へすり足で向かい、美玖がドアを静かに開けた。 すると気配に気づいたのか、押入れの中から小さく、コトリという音がした。 追い詰められた犯人が動揺を隠しきれなかったらしい。 美玖の目がきらりと光る。 ターゲットの居場所を察した美玖は、抜き足差し足で隠れ場所である押入れへと進んでいく。 そして美玖が、あと少しでふすまに手をかける直前だった。 「わあっ!」 突然押入れが開いて、満面の笑みをたたえた愛ちゃんが、叫び声とともに姿をあらわした。 大人しく捕まるよりは、逆に美玖ママをびっくりさせて反撃する方を選んだらしい。 美玖が嬉しそうに愛ちゃんを捕獲すると、愛ちゃんはきゃーきゃーと可愛らしい悲鳴をあげて、小さな手足をばたつかせた。 「こーこーにいたのかあー。なーにーをしていたー」 美玖が声音を変え、愛ちゃんをくすぐりの刑に処している。 美玖の攻撃に、逆に嬉しそうに身悶えした愛ちゃんは、あっさりと犯行動機を自供した。 「愛ね、宝箱を見つけたの! 守らなきゃと思ったから、隠れてたの!」 「どーんーなー宝だあー」 まだ美玖はふざけていたが、代わりに志穂が愛ちゃんが指さした押入れの中をのぞきこむと、きれいな黒地に金の装飾が施された小箱が置いてあった。 「あら、きれいな文箱。漆塗りに金箔細工じゃない」 箱の用途がわからなかった陸が志穂に尋ねると、要は封筒や便箋、手紙などを入れておくものらしい。 「これ、お祖母さんの遺品じゃないの?」 志穂の言葉に、愛ちゃんと遊んでいた美玖がこちらを向いた。 「たぶんそうだと思う。でも、おばあちゃんが使ってた記憶はないんだけどな……」 「中に何か入ってるかもよ?」 陸に言われて美玖がフタを開けると、そこには未使用の封筒と便箋しか入っていなかった。 しかし、志穂があることに気づいた。 「フタの裏、裏見てよ! これってお祖母さんの字じゃない?」 言われて皆が一斉に文箱のフタの裏を見た。 そこには達筆の文字で、こう書かれた和紙が貼りつけられていた。 『美玖の宝物を隠させてもらった。どこにあるか当ててごらん』 「美玖、これ、お祖母さんと美玖が遊んだあとのものじゃないか? 覚えあるか?」 「うーん、宝探しなんてよっぽど小さい頃だろうから、さすがに覚えてないよ。でもさ、いくらなんでもそんな昔のもの、紙を貼ったままにしとくかしら? おばあちゃんてあれでいて、身の回りのことはきちんとしてたもの」 美玖は中に入っていた封筒や便箋を取り出し、中身を探った。 すると、未開封と思われたビニールに入った封筒の束の中に、ひとつだけすでに封がされた一通があった。 美玖がその封筒を取りだすと、美玖だけでなく陸も志穂も驚かされた。 そこには、こう大書してあったからだ。 『美玖、陸、志穂以外は開けるべからず』 陸が美玖にどうする? とたずねると、もちろん開けるわよと答え、さらに続けた。 「りっくんはともかく、志穂ちゃんの名前まで入ってるってことは、私が中学時代に書かれたものだってことよ。でもいくらなんでも私、中学生になってまでおばあちゃんと宝さがしごっこなんてしないわ。だからきっと何かいわくがあるのよ」 美玖が封を開けると、便箋が二枚入っていた。 美玖は手紙を読みだし、好奇心にかられた陸と志穂も、後ろからのぞきこみ読ませてもらった。 『愛する孫娘へ この手紙を書きながら、今、これを読んでいる美玖の心はどうなっているのだろうと、ばあちゃんは心配しています。 なぜなら、これを書いている時点の美玖は、ほんの少し前の様子が嘘だったかのように、生きる気力を無くしてしまい、別人のようになってしまっているからです。 その姿を見守るしかないことは、とてもつらいことです。それなりに長い人生でしたが、その中でも一番苦しい出来事です。 だから今も美玖がまだ、心を閉ざしたまま悲しみに沈んでいるなら、すぐさま美玖のそばに飛んでいって、美玖の気持ちが少しでも明るくなるよう、精いっぱい励ましてあげたいと思っています。 けれども美玖はまだ若くて、一方のばあちゃんは年寄りです。 美玖がこの手紙を読むころには、あの世にいってしまっているかもしれません。 だったらその時、誰が美玖を支えてあげられるのか、今そのことをとても心配しています。 心配で心配で、けれども是が非でもなんとかしなければ、とばあちゃんは考えました。 そして、考えて考え抜いて、ようやく思いつきました。 美玖には、とても大切にしている友だちが二人いるね? よくうちに来てた陸と、志穂ちゃんて子だ。 あの子たちなら、美玖を励ましてあげられるかもしれない。 ばあちゃんはそう思ったのです。 でも、二人に無理強いは出来ないね。 だって、あの子たちにはあの子たちの人生があるんだから、いつまでも美玖のことを気にかけてくれるとは限らない。 そこを曲げて陸と志穂ちゃんに、ばあちゃんが死んだ後の美玖のことを頼むのは、礼儀知らずもはなはだしいことだ。 ばあちゃんには、とてもそんなことは出来ないよ。 じゃあ、どうしよう。 ばあちゃんはまた考えて考えて、そしたらまたもや、とてもいい考えが浮かんだんだよ。 そうだ、先々ずっとは難しいとしても、今すぐならどうだろう。 今のあの子たちの美玖への気持ちが、未来の美玖に伝わるものを作ってもらったらどうだろう。 そしたら美玖が心を閉ざしてしまっている間でも、ちゃんと周囲には美玖のことを思い、心配してくれる人がいたんだということが伝わるんじゃないか。 そしてそれはきっと、今後の美玖にとって宝物になるに違いない。 ばあちゃんはそう考えたんだ。 だからこれは、今の美玖には何もしてあげられないばあちゃんが出来る、せめてものことだろうと、今、思っています』 そこまでが便箋の一枚目だったのだが、すでに美玖の目からは涙がこぼれていて、鼻をすすりながら何度も目元を手の甲でぬぐっている。 涙もろい志穂は当然のようにもらい泣きをしていて、そして陸も落涙まではしないものの、鼻の奥がつんと来ていた。 だがそんな三人の感動は、次の二枚目の便箋で見事にひっくり返された。 手紙はこう続いていたのだ。 『ただ、ばあちゃんは二人の娘を育ててきた親でもある。 その経験からいうと、子供っていうのは甘やかしてばかりいると、ろくなことにならないんだよ。 だからばあちゃんは、この手紙を読んでいる美玖にその気力があることを信じて、宝物をある場所に隠しておきました。 と、いうところで、この手紙はここでおしまい。 続きが読みたければ、頭をひねってよく考えるこったね。 愛されている祖母より』 美玖はあまりの展開に呆然としている。 「……美玖、あなたのお祖母さんて、どういう性格だったの?」 志穂の問いに、陸が美玖の代わりに答えた。 「いついかなる時でも、こういうことをやりかねない性格」 「そう……なんだろうな。でもさすがにノーヒントってことはあり得なくない?」 志穂が文箱をひっくりかえし、どこかに隠し場所がないかいじくりまわしたが、それらしきものはまったくない。 だが、そうしていた時間は、美玖を二枚目の便箋のショックから立ち直らせるのに十分だったらしい。 「……わかった。あそこだ」 美玖はそうつぶやくと、二人に「行こう」と声をかけて部屋を出て階段を下りて行った。 後ろから愛ちゃんが、「ママ待ってー、愛も行くー」とついてくる声が聞こえた。
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