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 美玖は麦茶を一口飲んでから、陸と志穂に語った。 「おばあちゃんとはね、最期の時までたくさんお話しできたよ。それで、すごく偉いなあって、改めて思った。病気の苦しさとか死んじゃう怖さとか、全部受け入れてさ。 だから私、自分に起こったことは、死と違って乗り越えられることなんだ。だったらおばあちゃんに負けないよう、私も頑張らなきゃって思えたの」  美玖は神妙な顔つきをしていたが、しかし目には生気が宿っている。そのおかげで陸と志穂は、彼女と祖母との最期の触れ合いについて、安心して話を聞くことが出来た。  美玖は懐かしささえただよわせながら、話を続けた。 「何度も平気な顔して繰り返してたなあ。『あーあ、私はこのまま美玖の元気な姿を見ないまま死んじまうのか。これじゃあ、あの世に行っても全然安心できないよ』って。それで続けてね、『でも焦るんじゃないよ。ばあちゃん、ちゃんと毎晩化けて出て、美玖の様子を見に来てあげるから』なんて言うのよ。  でも普通そういう時ってさ、『天国で見守ってるから』的なこと言うものでしょ? でもおばあちゃんは最後まで、『化けて出る』がキメ台詞だったの。それがいかにもおばあちゃんらしくて、私は逆に嬉しかったけど」 「美玖はそうなの? でも私は我が母親ながら、ほんっとに食えない婆さんだわって思ってたわ」  圭子叔母はそう評して、困り顔でため息をついた。  しかし困り顔も笑顔に見えてしまう圭子叔母に釣られたのか、美玖は陸と志穂に笑顔を向けて言った。 「おばあちゃんのこと、伝えるのが遅くなってごめんね。メッセージで一報だけでも入れようかと思ったんだけど、でもたぶんまだ二人の中じゃ、中二の頃の危なっかしい私のイメージが残ったままだろうなって思ったの。だからそこへ突然訃報なんて入れたら、余計に心配かけると思って」 「……美玖」  志穂がそうつぶやいて膝立ちになった。 「どしたの志穂ちゃん? あ、やっぱりすぐ伝えた方がよかった?」  慌ててそう尋ねた美玖に、しかし志穂は首を大きく横に振った。  陸が、どうしたんだコイツ、と思ってよく見てみると、志穂の目がうるんで赤味がさしている。 『こいつ、感動してんのかよ?!』  陸がそう思った直後である。  志穂はその長身で、覆いかぶさるように美玖を抱きしめた。 「ちょ、ちょっと志穂ちゃん?!」  戸惑う美玖だったが、しかし志穂は美玖を抱いた手を離さない。 「……えらい、えらいよ、美玖もお祖母さんも……」 「ええっ? おばあちゃんはともかく、私は違うよ。もたもたしてばっかりで、こんなに時間がかかっちゃったんだもの」 「違う、全然違うよ。美玖は頑張ったよ。ものすごく頑張ったんだよ。その頑張りがあったからこそ、お祖母さんも冗談まじりの言葉を残せたんだよ!   この子ならもう大丈夫、もうあれこれ細かい事を言わなくても、ちゃんとやっていけるって信じてなきゃ、そんな言葉かけてくれないよ。  美玖のことをずっとそばで見守り続けていたお祖母さんには、そう信じられる何かがすでに美玖にはあったんだよ!」  志穂の言葉に、さらに深い祖母の想いに気づかされたのか、美玖はうっと目元をゆがませ、志穂を抱きしめ返した。 「ありがとう、志穂ちゃん! 私、志穂ちゃんにまた会えて本当によかった!」 「私もだよ! 美玖!」  陸は女子二人の友情の交換に置いてけぼりを食らい、仲間外れの寂しい思いをしていたが、まあ上條はクールに見えて根っこは体育会系の単純熱血女子だからな、と静観することにした。  しかしである。  美玖と抱擁をかわす志穂の表情が、最初とは微妙に変わっていることに気づいた。  なんというかその……締まりのない顔に見える。  最初は泣くのをこらえているのかと思ったが、目線を下にやるとすぐに気がついた。 『こっ、このエロ百合女子が! 美玖の胸の感触を味わってやがる!』  実際、志穂の口元はすでにクール系女子高校生のそれではなく、キャバクラにでも向かうただのオッサンのそれと酷似した、だらしないものに変わっていた。 『くそお、油断も隙もねえ……。俺も女子に生まれればよかったっ!』  おかしな角度で志穂をうらやましがってしまった陸だったが、このままライバルを放置しておくわけにはいかない。冷静に止めにかかった。 「おい、感動すんのはいいけど、そんなにくっついてたらまた汗かくぞ。それに企画の話がまだなんだが」  現実的な陸の言葉に、正直ちょっと照れていた美玖が乗っかってきた。  美玖はそ、それもそうだね、と言ってすぐに志穂から手を離すと、志穂もしぶしぶといった態度ではあったが、美玖から離れた。  陸はしてやったりと内心では思いつつ、素知らぬ顔で企画会議の進行をはじめた。  改めて机に向かった三人は、思い思いにアイデアを述べた。  釣り、バーベキュー、地元の想い出の地めぐり等々。  にぎやかな企画会議につられたらしく、圭子叔母もこう言って参加してきた。 「ところで皆さん、何か食べたいものはある? おばさんと美玖が腕をふるって料理作ってあげるから」 「えっ、そんな。私もやりますよ」  志穂がそう言ったが、しかし陸は冷たい目つきで彼女を見た。 「上條、お前料理できんのか?」 「うっ……冷凍食品くらいならなんとか……」 「冷凍食品でなんとかなのか?!」 「そう言う幸村はどうだっていうのよ?!」 「あ……俺はその、フライパンで焼くだけの餃子ならなんとか……」 「大して変わらないじゃないの!」  言い争う二人を、美玖がまあまあ、二人はお客さんでもあるんだから私と叔母さんに任せて、と仲裁する。  美玖にいいところを見せられなかった陸と志穂は、お互いにけん制し合うようににらみ合ったが、しかし志穂はすぐさま次の手を繰り出してきた。 「そういえば部屋割りはどうするの? あっ、そうだわ。せっかくだから、そこも修学旅行っぽくした方がいいんじゃないかしら?」  志穂は企画出しに乗っかった風を装ったが、陸の目は誤魔化せなかった。 『修学旅行と言えば、男子部屋と女子部屋! こいつ、美玖と同室を狙ってやがるな?!』  陸は抜け目ないライバルに舌打ちしたくなったが、しかし美玖の次の発言で志穂のたくらみはあえなくついえた。 「あー、ごめん、うちの二階は四畳半が三部屋なの。元、私とおばあちゃんと母親の部屋ね。それでこの部屋は叔母さんと愛ちゃんが使うから、全員個室になっちゃうのよ」  がっくりとうなだれる志穂に、陸が目線で高笑いを送る。 「それじゃあ、とりあえずみんな部屋に入って、荷物の整理をしたら?」  圭子叔母にうながされ、二人は荷物を持ち、美玖の案内で二階に向かって階段をあがって行った。  その途中、陸は従妹の愛ちゃんの姿が見えないことに気づいた。  あの子にとってこの家は見知らぬ場所のはずだ。自分たちが六畳間で話している間、勝手に外に出て行ったりしてないだろうか。  不安になった陸が、美玖に小声で「愛ちゃんは?」とたずねると、美玖は少し考えるそぶりをしたが、しかしすぐに思い当たったのか、表情をゆるませ人差し指を唇にあてた。  黙っていた方がいいらしい。  陸はまた自称サプライズでも思いついたのかと勘ぐりながらも、大人しく美玖の後ろをついて階段を進んだ。

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