螺旋
1-5

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 なにをするにも、この状況から抜け出すにも最終的には行動を起こさなければならない。必要書類を渡したり、説明を受けるために一度、学校へ行くことになった。さすがにこれは拒むことができない。夏休みに入ってから、時間はいつも通学する時間帯より遅めの午前10時と気を遣わせてもらい何からなにまで甘えていたが今はそれを申し訳ないと思う余裕はなかった。  バイトへは行っているから全く外出していないわけではない。だがその時には感じない重苦しさが全身に纏っていた。ここ一ヶ月は早くても起きるのは午前9時、久々にそれより早く起きるだけで不機嫌になる。玄関の扉を開けるともわっとした熱い空気が飛び込んできた。下を向きながら先ずはバス停へ向かう。少し先を歩く自分の影を見るとその影へ潜り込み身を隠したいとなぜだか思った。  電車に乗るという行為に違和感を覚えた。2年間乗り続けても一ヶ月という空白はその慣れた感覚を鈍らせる。電車内はもう空いていた、いつもの満員電車とは違う。そのいつもと違う光景は自分が今どこへ向かっているのかを分からなくさせた。4人が座れるボックス席の窓側に座りガラス越しから外を凝視して車内の人が視界から入るのを避けた。 「あぁ、久しぶりだな」  そんな感想を漏らしながら高校の最寄り駅へ着いた。できれば来たくなかったがこの道のりには楽しい思い出の方が多い。それを気持ちよく振り返ることができなくなってしまうのはその思い出が無になるのに等しい、実に愚かなことをしているとつくづく思う。  夏休みとはいえ誰か知り合いに会わないか不安であった。後ろめたくてもこのまま誰とも会わず立ち去りたい、我儘な願いをどうか叶えてほしいと天に祈りながら正門まで来た、そこにはもう担任が待ち構えていた。 「よう、久しぶりだな」  笑顔でそう挨拶してくれた。無言で会釈すると職員室隣の客間へ通された。真ん中に長机がありその左右に二人ほどが座れる黒い革のソファーがあった。向かい合って座る二人、担任が話しを始めた。 「ほんと久しぶりだな。どうした、なんで学校に来なくなったんだ。お母さんも困らせて」 「なんというか、卒業後のことを考えると何も思いつかなくて、それで急にやる気がなくなってしまったんですよね」 「そうか。でもな、その理由を聞く限りお前すごいもったいないことしているぞ。そんなこと決まっていない奴の方が多いって。中には何も考えていないで適当に授業受けているやつもいるのに、なんでそういうこと考えているお前が学校来なくなって卒業できなくなるんだよ」 それができたらどれだけ楽だろうと心の中で痛感する、何も考えずに学校へ来る人を馬鹿にする資格は自分にはなかった。 「将来のことを考えるのは良いことだし、これからもどんどん悩んでほしい。でもそれでその可能性を逆に狭めていることに気がついてくれよ」 「わかりました、高校は3年間で頑張って卒業します。だからその通信制のお話を詳しく聞かせてください」  学校から紹介されたのが普通科と通信科がある私立高校。オープンキャンパスのある日に出向きそちら側からも話を聞いてほしいということであった。ちょうど明日の土、日曜日にそれがある。恭一郎は明日、行くと言い担任もそれを伝えてくれるとのことだった。  部屋から出てると一人の女子生徒から声をかけられた。 「あれ、もしかして磯村くん?」 背を向いていたのが幸いとばかりにその声を無視して先へ行く。声から察するに同じクラスのあいつだろうとわかった、部活で訪れているのか。結局こうなるのかと沈む気持ちを引きずり出口へ向かう。担任も察してくれという合図をその女子生徒に視線で送った。 「じゃあ、元気でやれよ」  それが最後の言葉であった。もしかしたらまた考え直してここで卒業しようという話をしようとしていたかもしれないがそれを素早く断ち切ったかのように話題を自分が話したい本題に切り替えた。  合わせる顔がない。最後の声も無視して確信した。横断歩道を渡り母校になるはずだった学校に最後の別れを告げるため振り返る。ここでの生活はなんだったのか、上々のスタートを切った1年の頃を思うと虚しかった。まだお昼前で人通りの少ない街中を歩くのはひっそりといなくなってしまう今の自分にぴったりだと思った。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません