螺旋
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 その日の夜、恭一郎の部屋。消防車のサイレンが聞こえてくる。それは次第に大きくなりまた遠ざかり聞こえなくなる。ベッドの上でその音を聞いていた時、恭一郎は昔、自分はこのサイレンの音に怯えていた、なぜか。  あの時の出来事が思い出される。母の実家が東北にある、田舎だ。その地域ではお昼の12時になるとそれを知らせるサイレンが鳴り響く。お盆の時期に遊びに来ていた時、それを聞いたまだ幼い恭一郎は怖くなり母親にしがみ付いた。それ以来、こちらでもサイレンの音を聞く度に両耳を手で塞ぎながらその音が過ぎ去るのを待っていた。  今はさすがに怖くない、いつの間にか平然としていられるようになっていた。だがその記憶が呼び覚まされると共に僅かに怯えている自分がいることに気がついた。今日のように久しく足を運んでいなかった場所を訪れ昔を思い出していたから余計にそれを感じる。  過去があって今がある、歳を重ねどんどん新しい感覚が積み上げられてもそれは無かったことにはならない。あの時の自分も確かに下の奥深くに刻まれている、それが今、噴き出したのだ。  これから先は——周りも自分もどんどん変わっていく、そのこれからのことを思うと気が参る。  恭一郎は来年、高校を卒業する。就職するなら尚更、進学するにしてもいよいよ少しでもどんな職に就きたいか、将来のビジョンを描く歳に差し掛かっている。  去年、夏休みに入る前だったかに一人ひとりに進路相談を実施したと記憶しているが「進学ですかね」と曖昧に答えただけだった。だが恭一郎の頭には何も無い、おそらくそれは他の同じクラスの人を見ても同じであろうと思う。じゃあ、何も考えなくて良いというわけにはいかない想いが恭一郎にはあった。  恭一郎が今、アルバイトで働いているホームセンター。そこではアルバイトはギリギリまでこき使われている。シフトで定められた退勤時間に帰れないことは当たり前、まさかと思い給料明細を見て何度計算してもやはり残業代は支給されておらずに高校生が働ける22時ギリギリまで働かせられる。それでその時間になるとそんな法律なんて無くなってしまえばよいと言わんばかりに不機嫌になる社員。  そんな空気の中で、ましてやまだ高校生の恭一郎に「残業代が支給されていないのはどういうことですか?」などと問い詰めろと言うのは酷というものだろう。  だが何より一番大変なのはその社員達であるという事も理解していた。出前を頼み職場で遅めの夕飯を食べる人、本当か冗談か今日は泊まりですよ、とある人がボソっと呟いた。この人達は一体、何時になったら帰れるのだろうと思いながらいつも店を出て行った。今日は休みのはずの店長が私服で店内を見回っていた時は驚いた。そのバイト先で感じた空気は休むことは許されないであった。  冗談じゃないと思った。まだそこまで責任を追及されない学生アルバイトの身分で良かったと心底思う。もしも自分がここに就職したらこんな生活が何十年と続くのかと考えると即座に嫌だと拒否反応が出た。社員もアルバイトもやる事は大して変わらない単純作業の繰り返し、その上、生活のほとんどを仕事に捧げなければいけないのは御免蒙りたかった。せめてやり甲斐のある、自分がこれだと決めた職に就くべきだと自分なりに考えながら今は我慢して働いている。  決して何も考えていないわけではなかったが具体的なものは何も浮ばないままここまできてしまっていたというところだ。  急に焦りを覚える恭一郎。これから生きていくためには、どうすればよいか真剣に考えた1日であった。

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