螺旋
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 先月から噂になっていたが四月からバイト先の社員の顔ぶれが大きく変わるらしい。計五人の社員が異動して新たに入ってくると三月になって確定情報となった。これだけ一度に変わるのは初めてだと長く働くパートのおばさんは言う。自分も四月になったらいなくなる、他にも就職する内田、進学して引っ越す高梨が辞める、自分が馴染んだ店ではなくなりそうなのでもう未練は無い。今月で最後だと思うと、たとえ大変なアルバイトでもいつもよりやる気が湧いてくる、今日も意欲的に取り組んだ。  三月三十一日。三月、最後の日にとあるライブハウスで高梨が所属する軽音部主催の卒業ライブがある。入り口前の受付でチケット代とドリンク代を払い中へ入ると立ち見で三百人ほどが入る広さのライブハウスには既に六割ほどが埋まっていた。おそらくほとんどが高梨と同じ高校に通う人達であろう。そこに別口で知り合った自分がいるのは多少、気まずかった。ドリンクをバーカウンターで貰い一番後ろの壁に寄りかかり開演を待った。  先ずは前座で同じ軽音部の後輩が登場した。ジャンルはレゲエと言われるものだったが恭一郎には何が良いのかさっぱりであった。前方で観ている人達は楽しそうに手を振ったりして盛り上がっていた。それを見ると良さが分からない自分が悪いのかとも感覚を疑ってしまった。  前座のライブが終わるとここからは今年卒業する先輩達の登場ですと言って後輩達はステージから去っていった。ステージにはまた新しく機材がセッティングされる、そのために登場した高梨と三人のバンドメンバー。高梨はワインレッドのワイシャツに黒いスーツとこの日のために用意した衣装という出で立ちだった。  サウンド、マイクチェックなどの準備を終えるとベース、ギター、ボーカルの三人がドラムに視線を向け、それに呼応するように無言でハイハットでカウントをとり演奏が始まる。始まった曲は直ぐに分かった、自分も大好きな曲、去年十一月に発売されたアルバムの一曲目を飾る曲であった。これには体を動かして乗らずにはいられない。  演奏された計七曲は全て恭一郎の好きなバンドであった。最後にベースの人が一言、「僕達は今年卒業して、次の新しいステージへと向かいます、皆さんまたいつか会いましょう、ありがとうございました」と挨拶をしてステージを去っていく。  楽屋から高梨が出てきた、恭一郎を見つけると今日は来てくれてありがとうと礼を言いに来た。 「もう俺の出番は終わったし、後は身内しかついていけないような内容が数時間続くだけだから、帰ってもいいよ」 「そっか。じゃあまたいつか。楽しかったよ」  高梨としばしの別れを告げる。昨日はバイト先に洗濯をした制服を返しに行った。なんとか高校が変わったことを隠し、進学すると嘘をついて辞めることができた。自分の面目のためなら平気で嘘が次から次へとつけることに嫌気もさしたが、この嘘で誰も損をしているわけではないのであまり気にしないように言い聞かせた。店長から学校が慣れたらまたここに来なさいと言われたが、軽く聞き流した。  これで全ての片はついた、しがらみから解放された。ここから先は一人、地平線だけが見える何もない平地へ放り投げられる気分である。そこから自分の選択次第で見えてくる景色が変わるが進むべき方向を示してくれる地図は無い。周りと同じように適当に進学をして、ただ流されるままに生きた方が楽だと言われたらそうなのかもしれないが、敢えて骨の折れるような道を選んだ。この選択が間違っていなかったと何年後、もしかしたら何十年後になるかもしれないが、そう言えるようにすると誓った。  電車を降りて階段を一段抜かしで上り改札を抜けて、西口へ出る恭一郎。これで何度目かの、橋上から更地となった地を橋の柵に腕を掛けながら眺めてここまでの時の流れを想う。

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