螺旋
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 十二月下旬の土曜日。今日がツアー初日である。場所はさいたまスーパーアリーナ。この日を迎えるのを心待ちにしていた恭一郎と高梨、今日の席がアリーナAブロックという最前ブロックエリアだから尚のことであった。  開演5時間前に着いたがなんとその時点で拡声器を持ったスタッフがグッズは今から並んでも開演には間に合わないというアナウンスがされて信じられない待ち時間となっていた。チケットの取りにくさがグッズにまで波及していた。  見通しが甘くグッズは諦めざるを得なかったがライブ自体は最高のものであった。バンドメンバーがステージ上から投げたピックが目の前に飛んできたり、演出で飛ばされた銀テープが頭上に落ちてくるという良い席ならではの嬉しいことも色々と起こった。  満たされて溢れそうな想いを胸に帰りの電車に揺られた。 「磯村ってあんなライブで騒ぐんだね、意外だったよ」  初めて高梨と一緒に行ったライブ、確かに高梨と比べれば飛び跳ねたり盛り上がっていたかもしれない。それは二人の性格の違いというよりも今まで溜めていたストレスを発散させるがための結果であった。  ほとんど一人でここまで過ごしてきた、それがいきなりあんな何万人と集まる場所へ来て周りはみんな騒いでいる、近い席もあってそれに感化されるのは容易であった。  恵まれている、運が良いとでも言えばいいのか。自分の人生はまだ捨てたもんじゃない、長く続いた闇から一筋の光が射した十二月。今日、ライブで感じた充実感、あの日、吉川と共有した幸せ、あのまま時が止まってほしかった、それが叶わぬのならこんな気持ちをまた味わいたいと強く望んだ、これから何度も何度も繰り返し。  お盆から母親の実家に行っていない、正月も行くことはないだろう。受験ということで忙しいということにしてもらっているが本当は自分の今の状況が芳しくないからだ。バイト先にも卒業後は推薦で進学すると嘘をついている、学部は経済学部ということになっている。嘘で塗り固められる恭一郎、その偽りの姿を突き通し来年の三月で今のバイトを辞めると決断した、年が明ける——  一月一日になれば友人からあけましておめでとうとメールがくる。今年は一通も来なかった、今の自分の状況を象徴するかのように。まさか吉川からも来なかった、今年はどうしたのか。    送らなければいけない課題は毎回ギリギリで速達で送ってもらっていたがちゃんと期限を守り送っている。あと二月に一回、その後テストを受ければ卒業できることになる。ゴールがいよいよ見えてきた時、考えるのは卒業後である。  吉川は推薦で大学へいくと言っていた、どうやら大学が恭一郎の地元から近いらしく進学後は会いやすくなると嬉しそうに言っていた。  初めからそのつもりだったが恭一郎は進学も就職もしない。何も考えていないわけではない、むしろ他の誰よりも考えているかもしれない。  ただ目的を曖昧にしたままにするのがどうしても許せなかっただけだ。吉川にでさえどうせ楽しい学生生活を延長したいから進学するのだろうという眼で見ている。吉川も三、四年後、自分と同じ悩みを抱えるはずだという未来を予知していた。そして同じようになんとなく就職した先が今の言葉で言うならブラック企業だったら?  十二月のバイトは何人かの社員、アルバイト、パートがインフルエンザで倒れて過去、一番の大変さであった。そもそも誰かが二人、三人休めば普段の仕事があんなに大変になるのはリスクマネジメントの観点から見てもおかしいと、高校生にしては生意気ともいえるような眼を身に付けていた。普通は急な欠員にも備えて人員を配置するものである。  一人にかかる負担が大きくなるから体調を崩して休むことはご法度、慢性化している長時間労働、これはここだけではなく日本全体に蔓延していると気づき始めた。それを決定付けるように最近、過労死という言葉をニュースで聞いた、いきつく先は死ぬまで働かされる。好きなこともできず我慢して、仕事に時間を、人生を捧げてきた。それに対して会社は感謝もせずにこの仕打ち、これは心がある人間のすることではないと他人事とは思えない怒りで震えた。  そんな会社に就職しないように、長時間働くことは免れないならせめて自分がやりたいと心の底から思う職に就くべきだ、この前々から考えていたことは間違っていないと日が経つごとに確信に迫っていた。  では、そんな職業とは何なのか? そんな会社はどこにある? 何も決まらず動くことができないのも良いわけがなかった。

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