螺旋
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 昨日は雪が降った。その雪も夜になると雨に変わり昼間の時間の雪景色はどこへやら、雪は道端や建物の屋根に残っているだけであった。それがまだ引きずるように空模様は灰色で覆われ暗かった、今の恭一郎の心のように。今日は楽しいライブのはずだった。  去年、買えなかったグッズもツアー後半になる二月になれば直ぐに買えた、これでようやくグッズを身に付けてライブに臨むことができる。  凍える手に申し訳程度の暖かい息を吹きかけ開場を待つ高梨と恭一郎。 「あのさ、実は三月に軽音部がやる卒業ライブがあるんだけど観に来ない? せっかく仲良くなった磯村もいた方がいいなって思って」 「そうなんだ。うん、じぁあ行くよ。もう直ぐ暫く会えなくなるだろうし」  高梨は去年言った通り千葉県の方に引っ越すことになった。今でも繋がりがある数少ない友人が少し遠くへいってしまう。 「よし、終わった」  そう小さい声でも力強く言った。提出しなかればいけない課題が全て終わった瞬間だ。A四サイズの封筒に解答用紙を入れて糊を塗り封をして、自転車で近所の郵便局へ走る。最後だけは速達で送らなくても間に合うように出せた。その自分へのご褒美に帰りにコンビニへ寄りアイスクリームを二つ買った。  早速、家に着くとリビングで買ってきたアイスクリームを一つたいらげた。ゴールが見えてきた。ここまで紆余曲折ありながらもなんとか3年間で高校を卒業できる事を達成できそうだ。それにはもろろん嬉しさ、充実感があって然るべきであるがその後は——  アイスクリームを掬うスプーンの手が止まった。これで何かを成し遂げたわけではない。ただ自由になっただけだ。その自由も求めていたのは間違いないが、その後にどこへ行くつもりでいる? 決められたレールの上だけを歩きたくないと偉そうなことを思ったものの、今度はその指標がない事に嘆くのではないかと想像する。人間というのはとことん我儘であった。暑ければ冬が良いと言い、寒ければ……自分はどこへ向かおうとしているのか、この後はずっとそんなことを考えていた。これで何度目だろう。答えはまだ見つかりそうにない。 「終わりました」  最後のテスト、相変わらず強行スケジュールのように一日で終わらせる。遅れた分を取り戻すとかではないので最初に受けたテストよりも速い十六時には終わるのが救いだった。  もう今まで何を勉強してきたかなど頭の中から抜け落ちているのが分かる。何のために勉強してテストを受けるかって、高校を卒業するためである。その条件が満たされた今、その解放感と共にそれも放出された。こんな勉強はこれで最後にしたかった。 「お疲れ様」  今までずっと生徒達を見張っていた若林が労いの言葉をかける。編入の手続きの時からお世話になった先生である。この人の笑顔を見るといつも安心させられる。 「磯村君、卒業後は進学しないの? 進路相談も授業中やったと思うけど」 「はい、そうですね。先ずは三年間で卒業することだけを考えてここにきたので」 「そっか。でも磯村君はできる子だと思うよ。授業中に提出した感想文も凄いよく書けてたし」  誰かも言っていたその言葉。やっぱりそう言われれば喜んでいいはずなのに、その気にはなれなかった。  外へ出るとまだ明るさが残る空だった。雲の形が鯨に似ていたので思わず携帯のカメラでパシャリと撮った。これで卒業できる、あの時のことを思うとよくできたと思う。それでもまた間髪入れずに新たな解決しなければいけない問題が頭の中に居座っているとも本人は分かっていた。この悩みにはどうすればいいのか学校は教えてほしかった。こっちは卒業してもその後もずっと人生が続くのだから。夕焼けの空が綺麗な日であった。あの日、見た空のように。  三月初旬。わざわざ近くのホテルの大広間を借りての卒業式であった。私服では変だということで前の高校の制服を着ろと母親から言われた。こっちの方が変な気分になる。  まだ式場内へは入れなかった、周りにその生徒と思わしき人が三十人弱集まっていた。何度か授業で一緒になったが話したことはないという人ばかりであった。  十分後、中へ入れると案内があった。ちゃんと学校名、卒業式と記されている板が飾られて広さは体育館ほどはなく、今日来ている人数でやるにはちょうどいい部屋であった。始まる前に卒業証書の受け取り方の練習を一人ずつ一回だけした。卒業式といえば入場から始まり、何度も予行練習、リハーサルを重ねていた記憶がある。それがぶっつけ本番に近い形でやれと言われて急に緊張したが受け取り方だけはなんとなく覚えていた。  式が始まり校長が登壇する。今日、初めてお目にかかる。そしてこれが最初で最後になるだろう。見たところまだ四十代前半の若い男性であった。 「今日が夢を掴むための第一歩です」  第一声がそれだった。この高校卒業資格は今後、あやゆる夢、可能性を広げるために非常に価値があるもの、それを大いに活用してここから羽ばたいていってほしいというのが主な話の内容だった。  夢、自分に足りないものはそれだとも言える。その夢を抱いて今日という日を迎えられたらどれだけ素晴らしかったであろう。その夢を探す、それが今後やるべきことなのかもしれないと、この校長の言葉によって気づかされたようで、さすが校長、良いことを言うと上から目線で感謝した。 「(夢、やりたいこと、それは見つかるだろうか?)」  終了後は記念撮影を行った。後日、写真を送付してくれるらしい。泣いている人は誰もいない、今いるメンバーに何の想い入れがない、そう感じながら足早に会場を後にしようとしたが一人の男子が声をかけてきた。そうだ、そんな中でも少し仲を深めた人はいたのだ。 「いやーお互い無事に卒業できて良かったですよ」  そう言いながら握手を求めれられた。実はここへ来てからもこのままだと授業の出席数が足りないということで卒業できない状態に陥っていた。その状況から救ったのが学校側が今年一月に用意した三泊四日のスキー合宿であった。そこで寝泊り、食事を共にした人が何人かいる。当初は嫌々行ったが今、思い出してみると別にそこまで悪い体験でもなかった。むしろ、「あの時は楽しかったよ」そんな言葉が自然と漏れた。  名前を知らない知人と最後の挨拶を済ませて、外へ出ると僅かに暖かい風が強く吹いていた。もう春は来ている。歩くのが早い恭一郎は母親を後ろに置いてさっさと歩く。  今日からその夢を探す第一歩とやらを踏みしめ、歩き始めた。その旅は途方もないだろうと見越していた。

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