-MEGANE-
-20- どうしてあなたがここにいるんですか

「――これで、全部かな。私がきみに言わなきゃいけないこと。……ああ、そうだ。なんでこの部室を選んだのかっていうのは、単純に、私が疑われないと思ったから。きみの部活――美学部の部室で事が起これば、真っ先に疑われるのは、部活のメンバーだと思った。――うん、自分で言ってて思うけど、最低だね、私」  話があると言っていた柑森は、放課後になると、部室へとやってきた。  そして、朝方、明鏡寺先輩が言っていたことと同じようなことを話した。  実際に柑森から話を聞くまでは、にわかに信じがたい話だったが、しかし柑森の口からこうして聞かされてしまえば、明鏡寺先輩の推理がパーフェクトであることが証明されたというわけだ。 「――なんで、そんなことを」  永遠とも思われるような長い沈黙の後、俺は、ようやく、そう口にすることができた。 「……私、ずっと嫉妬してた。きみの眼鏡を盗んだのも、それが理由。……馬鹿な話だよね。 眼鏡なんかに嫉妬してさ」 「ちょ、ちょっと待ってくれ」  話がよくわからなくなってきた。 「眼鏡に嫉妬というのは、俺は別におかしくないと思う。あまりにも美しい眼鏡に出会ったら、そういうこともあるだろう。だが、そもそも、どうして嫉妬なんて感情を覚える必要が……」 「なんで、気付かないかな」  柑森は、おかしそうに言った。 「本当はさ、こんな感じで伝えたくはなかった。予定ではさ、もっとロマンチックな感じで、言いたかった」  続けて発せられた言葉を、俺は疑った。 「好きだったんだよ、きみのこと」 「…………」 「きみはずっと眼鏡に夢中で、私なんか眼中にないって感じでさ……あのときもきみは、私より、眼鏡の方を守った。私の方なんて、ちっとも心配してくれない。だから――だから、きみが寝ている隙に、眼鏡を全部、きみから奪った。その目で、私を見て欲しかったから。眼鏡じゃなくて、私を好きになってほしかったから」  突然の告白に、俺の頭は混乱していた。  きっと誰だって、こうなるはずだ。 「でも今思うと、馬鹿な話だよね。ほんと、何やってんだよ、自分って……そう思う。奪うまではまだ、取り返しがついたのに、それ以上やっちゃうなんて……でも、あのとき、『一生かかっても、眼鏡を誘拐した犯人を見つけ出す』ってきみに言われてからずっと、私は恐かった。きみの眼鏡を持っている私は、いつかきみに犯人だとばれるんじゃないかって。……だから、犯人捜しを諦めてもらうために――やったの」  なんだよ、それ……。  じゃあ、あのとき。いつかの昼休憩に言った、あの台詞――それを吐きさえしなければ、彼女は無事だったというのか?  何事もなく、今も生きていたというのか?  それは、あまりにも……きつい。きつすぎる。 「取り返しのつかないことをしたのはわかってる。一度失ったものは、もう二度と元通りにすることはできない。だから、どんな罰でも受ける覚悟はできてるつもり」 「…………」  柑森の言葉に、返す言葉が見つからない。  罰を与えたらいいのか。  許しを与えたらいいのか。  それとも、何事もなかったように振舞うのか。  笑って、ごまかすのか。  怒って、ごまかすのか。  できれば、何事もなかった以前のような関係に戻りたい。しかしそれは、もう望めないだろう。例え柑森のやったことを許したとしても、おそらく、できてしまった溝のようなものは、埋まらない。  どうしようも、できなかった。  俺は、どんな言葉をかけたらいい?  延々と続くかと思われたその思考は、コンコン、という唐突に扉を叩く音によって破られた。  顔を上げてみると、柑森もその音がした方を見やっていた。 「どうして……」  その姿を見て、思わず俺はそう呟かずにはいられなかった。 「どうしてあなたがここにいるんですか、硝子しょうこさん」  開いていた扉の所に、眩坂くらさか硝子さんが立っていた。 「話は聞かせてもらいました」  硝子さんはそう言ったかと思うと、部室にその足を踏み入れた。驚きを隠せないような柑森に向かって、「柑森ちゃん」と、その名を呼ぶ。 「どんな罰でも受けるだなんて、男の子の前で簡単に言っちゃ駄目よ。あなたのしたことは、充分、取り返しのつくことなんだから」 「……い、いや、でも私は――」 「大丈夫よ。そんな顔する必要ない。そんな人を殺めてしまったみたいな顔は、全くもってする必要はないわ。だって、柑森ちゃんがやったことは――」  硝子さんは、にっこりと優しく微笑んだ。 「ただ、眼鏡を壊したという、それだけのことなんだから

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