-MEGANE-
-18- 消えたグラス

 それは、無意識に遠ざけていた可能性だったのかもしれない。  身近な人間こそが犯人。  確かに、それがわかったところで、犯人が誰かわからないという恐怖は幾分か収まったが、だからといって安心――とは言えない。今まで、普通に接していた身近な人間が犯人だというのは、わけのわからないものに対する恐怖とはまた違った恐さがあった。  しかし、思い当たる節がないでもない。  俺の眼鏡が誘拐されたあのとき。俺は直前に、百目鬼どうめきに会っていたのだった。つまり、あの日の朝、俺が部室にいたことは、百目鬼しか知らないのである。だからもし、その気があれば、俺の寝てる隙に眼鏡を誘拐することは、百目鬼なら可能だったはずだ。  杏中あんなかだってそうだ。暴力的光景を目にしたあのとき、俺は直前に、杏中に会っている。それにあのときの杏中は尋常じゃない様子だった。いつもより挙動不審で、とても慌てていた。なぜあのとき、部室方面から向かってきた?  疑いたくないが、明鏡寺めいきょうじ先輩だって、俺があの暴力的に発狂して参っていたとき、どうしていち早く駆けつけることができたのだ? 後から来ると言っていた柑森より早くやってきたのは、不自然だ。    ――いや。  一番疑われるべきなのは、俺自身か。  なんせ、鍵はずっと俺が持っていたのだから。  部室は、俺が鍵を閉めてから俺が再び鍵を開けるまで、密室だったのだ。他の誰にも、硝子さんを殺害することはできなかった。たった一人、俺を除いては。明鏡寺先輩はそう口にはしないものの、それはわかっているはずだ。だから、きっと明鏡寺先輩は、俺が犯人ではない可能性を探ろうとしているのだろうと思う。  HRの開始を告げる本鈴の前の予鈴が鳴った。思ったより時間が経っていことに驚く。  教室に戻らなければいけないが、しかし、正面に座っている明鏡寺先輩は、微動だにしなかった。 「明鏡寺先輩、教室に戻らないんですか?」 「研瞠くん」 「なんですか?」 「あの日の朝方、柑森ちゃんと部室で過ごしたとさっき話してくれたが、きみは『グラスを二つ、テーブルの上にそのままにしてたはずだったんですが、放課後に見たときは、その内の一つが、無くなってました』と言ったね」 「はい、言いましたけど……」 「『机の上に放置していた水と片方のグラスはそのままだったんですが、そのグラスだけが、消えてました』とも言ったね」 「え、ええ。でもそれがどうしたんです?」 「……なるほどね」  明鏡寺先輩は、笑っていた。  それは、何かを掴んだ――あるいは、全てを悟った、と見て取れるような、そんな笑みだった。

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