-MEGANE-
-27- 後日談3

 机の上に置かれたもの。  それは、頭の取れた人形、だった。 「ん……? あれ、これでもないな」  ――その人形はいつぞやに見たことがあるものだった。 「まあ丁度いい、きみにこれを渡しておこう。これは、杏中ちゃんからきみへの誕生日プレセントだそうだ。なんでも、拾ってくれてありがとうって。大事にしてください、って言ってたぞ」  杏中からの、誕生日プレゼント……?  この頭の取れた人形が――? 「明鏡寺先輩」 「なんだ」 「これ、返品可能ですか?」 「それは本人に訊いてみるしかないな」  それはあまり気の進まないことだった。  しかし、てっきり無くしたとばかり思っていたそれが、こうして再び俺の手に戻ってくるというのは、ちょっとした恐怖を感じずにはいられない。 「あの、それ、確かに一回俺が拾ったものですが……なんで、杏中は俺が拾ったことを知ってるんでしょうか」 「それは私が拾ったからだよ。部室で倒れているきみを発見したとき、これも発見してね。事件に何か関係あるものかと思っていて持っていたら、後で杏中ちゃんのものだということが発覚したから、そのことも話した上で、これを杏中ちゃんに返したんだ」 「でも、今は明鏡寺先輩の手にありますよね」 「これは、杏中ちゃんから素晴らしい品々をいくつかもらうついでに、私が彼女に代わって、きみにあげようと思ってもらってきたものだ。なんせ、杏中ちゃん、きみに面と向かって渡す勇気がないというもんでね。可愛い後輩の頼みだ、無碍にもするわけにはいかないだろう?」  素晴らしい品々……。そうだ、明鏡寺先輩には、杏中のガラクタ収集の魅力も、理解できてしまう人間なのだった。俺の眼鏡に対する愛情や、百目鬼の美しいものを壊したくなる衝動を理解できるように。 「まあ、もっとも、きみがこれを受け取らないというのなら、可愛い後輩の頼みを無碍にするわけにもいかないという思いで、きみにこれを渡すことになった先輩の行為は、無碍にされるわけだが……」  嫌な言い方をする先輩だった。  そんなことを言われたら、受け取らずにはいられない。 「ちゃんと受け取ってやるといい。なんせ、部室でぶっ倒れているきみを私が発見できたのは、杏中ちゃんのおかげと言っても過言ではないのだからね」 「そうなんですか?」 「ああ。元々、あの日の放課後は、杏中ちゃんと部室で落ち合う話になっていたのだよ。なんでも、私に渡したいものがあるとかと聞いていてね。まあ、今となっては、それが紙袋一杯に入った杏中ちゃんの宝物だということがわかったが。……ともかく、それを受け取るために、私は部室に足を運んだのだ。そしたら、きみが倒れていたので、介抱させてもらった、というわけさ」  それは初耳だった。  あの日の朝、杏中が部室の方から走ってきたのは、部室で明鏡寺先輩に会うためだったのか。職員室に鍵はなかった(ずっと俺が思っていた)から、杏中は扉の窓越しから、硝子さんがばらばらになっているのを目撃してしまったのだろう。それで気が動転して、その場から立ち去った――と、今なら想像することができる。 さて、と明鏡寺先輩は言った。 「これで疑問は全部解消されたかな?」 「え?」 「百目鬼くんと杏中ちゃんから、事件前後にきみに接触したのは聞いていたからね。きっときみからの視点では百目鬼くんと杏中ちゃん、そして私の挙動が怪しく見えていたであろうから、お節介とばかりに、こうして回りくどく説明してみたのだが……やっぱりいらぬお世話だったかな?」  そう言って、にぃ、と笑う明鏡寺先輩。  俺は、言葉を失った。  ここまでが、予定調和、だったのか……?  ただ遊んでいるように見えて、口外することなく俺の胸の奥に仕舞っていた謎を、密かに解いていたというのか?  それは……それは、さすがに――、 「正直、気持ち悪いです」 「有難う。最高の褒め言葉だ」  ポジティブな言葉として捉えられてしまった。  まあ、言葉通り受け止められても、それはそれで困るのだが。 「ところで、待たせてしまったが、これがきみへの本命プレゼントだ」  そう言って、明鏡寺先輩はポケットから何かを取り出す。  机の上に置かれたそれは、ちょっと大きいビー玉くらいのサイズで、銀紙に包まれていた。 「なんですか、これ」 「二十円のチョコだ」 「……、バレンタインデーじゃないんですから」 「研瞠くん。きみに良い事を教えといてあげよう」 「なんですか」 「バレンタインデーに二十円のチョコを渡されたら、それはもう脈がないと思っていい」 「……」  でしょうね。そりゃそうだ。  明鏡寺先輩は至極当たり前のことを言って、そのまま去ってしまった。最後の挨拶がそれって……と思う俺であったが、まあ本当に最後というわけでもないので、気にはしない。明日か明後日、あるいはもっと先になるかもしれないが、再び会うことは間違いないからである。  明鏡寺先輩からもらった二十円チョコの銀紙を開いて、中身を口へと放り込んだ。  二十円と言えど、明鏡寺先輩から頂いた誕生日プレゼント――口の中でじっくり溶かして味わう。思ったよりも美味しいなとか思いながら、手に持っていた銀紙を折って小さくし、それを、とりあえず彼らの横へと置いた。  スカーレキングクロワサ。  それに、硝子さん。  彼らは、俺のところにようやく戻ってきた。硝子さん以外の彼らは、知らぬ家で丁重におもてなしをされていたらしく、損傷がないはもちろんのこと、可愛らしい包み紙に入れられて、俺の手に帰って来たのだった。    ところで、彼らの送り主は、まだやってこないようだ。  愛しくてたまらない眼鏡で目の保養をして、待つこと数分。  ようやく、彼女はやって来た。  俺はその姿を見て、言葉を失った。 「柑森、か……?」  扉の所で立っていてる彼女は、眼鏡をかけていた。  オレンジ色のその眼鏡には、見覚えがある。それは、彼女につけてほしいと思って、カタログに印をつけていた眼鏡だった。 「それ、どうして……」 「きみ、今日誕生日でしょ……だから」 「その眼鏡、俺がカタログに印をつけていたものだよな……? 買ったのか……?」 「……うん」  控えめに頷く柑森。眼鏡をかけた新しい自分に慣れてないからだろう、彼女はなんだかいつもの威勢が嘘のように消えていた。  それを見て、俺はとてつもなく申し訳なくなってくる。 「えっと、だな……その……違うんだ、柑森。きみは忘れてるのかもしれないけど、それは俺が欲しいものじゃなくて、きみに似合うと思って、印をつけていたもので、だな……」 「そ、それは、わかってる」  それはわかってる?  じゃあ、一体、何のために、その眼鏡をかけてきたというんだ?  どれだけ考えてもわからないでいると、 「……ああもう、鈍いなぁ!」  柑森は痺れを切らしたかのように、地面を勢いよく踏んだ。 「きみが誕生日だから、きみが私にかけさせたがっていた眼鏡を買ったの! きみの彼女として! それをかけたらきみが喜ぶと思って! ……それくらい察してよ、もう」  そこまで彼女に言わせたところで、俺はようやく、状況を理解する。  勘違いで買ったものでなくて良かったと思う一方、俺は自分の鈍感さを呪った。 「感想」 「……え?」 「……感想、聞かせて。ずっと、コンタクトだったからさ……正直、今の私、自信ない。だからさ――感想、聞かせてよ」  さっきから柑森は、ちらちらと俺の方を窺うばかりで落ち着きがなかった。いつもの威勢は完全になくなっており、これじゃあまるで、トゲのない薔薇のようである。  しかし、感想……感想ね。  そんなもの決まってる。  俺が彼女にかける言葉は既に決まっていた。  あまりにシンプルなため、物足りないと思われるかもしれないが、しかし、似合うよ、と言ってしまうよりはずっとマシだろう。  気付けばその言葉は、俺の口から零れていた。

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