-MEGANE-
-16- バラバラ死体

 午後の授業は、早速新しい眼鏡をかけて臨んだ。柑森かんもりにノートを見せてもらうこともなければ、黒板に書いてあることも聞くこともない。先生が板書したものを同時進行でノートに取っていく。  ただそれだけのことなのに、やっぱり有難みを感じずにはいられない。  眼鏡を通して見る世界は、あまりにもクリアな世界だった。  そして放課後。  クーラーボックスが部室に置きっぱなしだったので、それを回収するべく、俺は部室に向かっていた。柑森のモノなのであるが、当の本人は、 「ごめん。トイレ行くから、先に行ってて」  ということなので、先に部室に向かっているというわけである。  部室へ行く前に、例によって、職員室へと寄る必要があった。無論、鍵を手に入れるためだが、しかしいざ職員室に着いてみると、またも部室の鍵が消えていた。明鏡寺めいきょうじ先輩の招集もないし、一体誰だろうと思う俺であったが、しかし鍵を持っているのは明鏡寺先輩でも百目鬼どうめきでも杏中あんなかでもないということに気づいた。  鍵を持っていたのは、俺だった。  朝、部室の鍵を閉めて、そのまま俺が持っていたのだ。職員室に鍵を戻す時間がないということで、鍵をポケットに入れてそのまま教室に戻ったのだが、鍵を職員室に戻すことをすっかり忘れていた。しかも、昼休憩に硝子さんと職員室の前で会ったのにも関わらず、思い出すことなく、今に至っている。  まったく、何やってんだが……。  ポケットにある鍵に取り出して、自分に呆れながら職員室を出る。そのまま廊下を歩き、向かいの校舎を繋ぐ渡り廊下を渡り、一、二歩と、階段をのぼる。  そして、廊下へと出た――まさにそのタイミングだった。 「ひゃっ――!?」  可愛い悲鳴が聞こえたと思ったら、何者かに突進された。咄嗟にそれを受け止めることができたものの、しかし、受け止めることができたそれは、彼女が両手に抱えていた紙袋だった。その紙袋は中が詰まっており、人形の足のようなものがはみ出していた。  肝心の彼女の方は、尻もちをついていた。 「杏中……?」  俺は持っている紙袋を、ひとまず下へと置いた。 「お、おい、大丈夫か?」  手を差し伸べる。  尻もちによる衝撃の痛みからか、苦悶の表情を浮かべていた杏中だったが、俺を目にした途端、 「……!」  と、まるで熊にでも追突してしまったかのような顔をした。 「け、研瞠けんどう先輩……眼鏡、どうしたんですか?」 「ああ、これか? 替えたんだよ。どうだ、似合ってるだろ?」 「ち、違います。今までかけていた眼鏡は、どうしたんですか?」 「ああ、それはだな……」  杏中にあのことを正直に話していいものか、迷った。話せば長くなる。考えた末、「無くしちまった」とだけ、伝えておくことにしておいた。果たしてそれで納得してくれるかどうかは怪しかったが、 「そ、そうなんですか……」  と、杏中は言ってくれた。  しかし、どこか様子がおかしい。 「大丈夫か? なんか、顔が青いぞ」 「な、なんでも――」  杏中は、いきなり立ち上がった。 「なんでも、ありませんから――!」  そう言ったかと思うと、俺が置いた紙袋を両手に抱えて、俺が今さっきのぼってきた階段を、結構なスピードで駆け下りていった。 「…………」  変だ。  まあ、杏中が変なのは今に始まったことではないが、いつも以上に、なんだか挙動不審だった。  不意に、足に何かが当たる。足元を見てみると、そこにはよくわからないものが転がっていた。屈んで、なんとなく手にしてみる。  それは、頭の取れた人形、だった。  そうわかった瞬間、思わず投げ出したくなるような衝動に駆られたが、すぐに堪えた。なんとも不気味だが、あの紙袋の中にあったものの一つだろうということは間違いなかったので――つまり、これは杏中のコレクションの一つ、ということは自明の理だったので、傷つけてしまうようなことはしてはならない、という理性がなんとか間に合った瞬間である。  俺はそれを手に持ったまま、立ちあがった。  今度杏中に会ったときに渡しておこうと思うが、しかし、あまり持って帰りたくないものだ……。部室にでも置いておくのが一番いいな、と結論が出たところで、俺はようやく、部室へと歩みを進めた。それにしても、杏中は部室の方からやってきたみたいだが、何か部室に用があったのだろうか。鍵は俺が持っているから、部室には入れないはずなのだが。  そうこう考えているうちに、部室前に到着する。  ポケットに手を入れて、鍵を取り出し、そして、それを扉の鍵穴へと入れようとした――そのときだった。  扉の窓越しに部室の中の様子が見え、その光景に、俺は思わず二度見してしまった。そしてそのまま、動けなくなってしまった。杏中の宝物が手から滑り落ちるが、このときの俺は、自分の手からモノが滑り落ちたという感覚すら、奪われていた。と一緒に奪われていた。  我に返り、すぐさま鍵を鍵穴に差し込ませる――しかし手が震えていて、鍵を鍵穴に入れることすらままならない。何回目かの試行で、ようやく鍵を差し込むことができると、鍵を回し、急いで扉を開けた。 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」  テーブルのウエに、コロがっているウデらしきもの。  ウデだけじゃない――ほかのブイも、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ゼンブ、ヒンマゲられて、アルイは、セツダンされて、アルイは、フンサイされて、コロがっている。 「………!」  酸っぱいものが逆流してくる。咄嗟に口を押える。  間違いなかった。  間違えようがなかった。  これ以上、確かめなくてもわかる。  これは死体だ。しかも、彼女の死体だ。  硝子さんの、死体だ。

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