-MEGANE-
-05- 勿論、壊すためだ

「おぅ、集まってるな」 ドスの利いた声とともに部室に入って来たのは、杏中と同様、この部の部員だった。直前まで比較的静かな杏中と話していたからなのか、その声はいやにうるさく感じられる。その男――百目鬼どうめきは、俺と目が合うや否や、笑みを浮かべた。 「よぉ、眼鏡オタク。久しぶりだな」 「……ああ、久しぶり」 「なんだなんだ、あからさまに歓迎してないみたいな雰囲気出しやがってよぉ――俺たち、友達じゃないかよ」 友達? そんなものになった覚えはない。 俺と同じ二年生――百目鬼桃太どうめきももたは、部屋を見渡すような素振りを見せた。 「部長は、まだ来てねーのか?」 「ああ、見ての通りだよ」 俺の返事になんともつまらなそうな表情を見せると、百目鬼はようやく扉を閉める。そして、席に着くためだろう――俺が座っている方ではなく、杏中が座っている方へと歩みを進めた。 「よう、杏中。久しぶりだな」 「……」 「おい、無視すんなよ」 百目鬼は、杏中が読んでいる本を取り上げる。 「あっ……」 杏中は小さく声を漏らす。そして、初めて百目鬼に気付いたかのように、 「ど、百目鬼先輩……いたんですね。気付きませんでした」 と言うのだった。 百目鬼にもそれをやるのか……。さすがに手口がワンパターンすぎやしないか。 「相変わらず変なもん集めてんのな」 百目鬼は、何事もなかったかのようにそう口にする。 「お、そのガラスの葉っぱ、綺麗じゃねーか」 「これは、中学生のときに海で拾ったものです。家から持ってきたもので……」 「譲ってくれよ。勿論、それ相応の金は出すぜ」 「そ、それは……駄目、です」 「なんで」 杏中が答えにくそうにしていたので、俺が代わりに、「部長に、あげるものなんだと」と答える。 「ふん、そういうわけか……」 百目鬼は納得した風だった。 「じゃあ、他のガラクタはなんでここに置いてあるんだ?」 「ガラクタじゃ……! ガラクタじゃない、です……」 「いや、どう見てもガラク――」「…………」「……悪かったよ、だからそんな目で見んじゃねえ」 気圧されてしまったのか、素直に謝罪をする百目鬼は、杏中の背後を周り込む形で、杏中の隣の席へと腰を下ろした。 「なあ、他にも何か美しいもの持ってねえのか」 「家の中を探せばあると思いますが……」 「どのくらいありそうだ?」 「どのくらい……っていうか、百目鬼先輩、それを手に入れて、どうするつもりなんですか?」 「決まってんだろ」 百目鬼は、邪悪な笑みを浮かべる。そして、 「勿論、壊すためだ」 と、言った。 「最近、そっち方向の欲求がやばくてよ。美しいものならなんでもいいから、壊したいわけよ」 「そんなの聞いて、渡すわけないだろ」 「お前に訊いてんじゃねーよ、眼鏡オタク。俺は杏中に訊いてんだ。……で? どうなんだ?」 「だ、駄目です」 「……、……そうか。そりゃ残念だ」 当たり前だ。壊されると知っておきながら、自分の大切にしているものを差し出す――なんて、誰がするのだろうか。そう思っていると、「なあ、眼鏡オタク」と、今度は俺に向かってきた。 「それ、新しいメガネだよな。いつ変えたんだ?」 「つい最近だが」 「最近っていつよ」 「夏休み前くらい」 「どこで手に入れた?」 「そんなもの聞いてどうするんだ」 「いいだろ。それくらい教えてくれたって」 「……眩坂眼鏡くらさかめがねだよ」 「ああ、あそこか……部長の紹介で、俺も杏中も一度世話になったからな……ちゃんと覚えてるぜ。眩坂硝子くらさかしょうこって名前の人いただろ? 滅茶苦茶綺麗だったからな、そういう意味でもちゃんと覚えてる。……実のところ、あの人もいつかは壊してみたいと思ってんだ」 「……」 「……おい、そんな目ェすんなよ。冗談だよ、冗談」 本当に冗談だとしたら、品の欠片もセンスもない冗談である。 「それはともかく、なかなか良い眼鏡じゃねーか。センスがある」 「……そりゃ、どうも」 「譲ってくれよ。金なら出すぜ」 俺は呆れた。 「どんなに金を積まれたって駄目だ。なぜなら、これは硝子さんがわざわざ俺のために作ってもらったものだから。世界に一つしかない。価値は、俺の命の次に大切なものだ。絶対にお前に渡すことはない」 「世界に一つしかない、ね……そんなの聞くと、余計うずうずしてきちまうが……だったら、俺もその硝子さんに作ってもらうとするかな。世界にたった一つしかない、最も美しい眼鏡を」 「それは、無理だろうな」 「あん? なんでだよ」 「あのお店はオーダメイドなんてやってないんだ。俺の場合は、硝子さんと親しい付き合いがあったから、特別に作ってもらった。だから、お前が企んでいるような、作ってもらって、購入して、その場で壊す――なんてことは、まず叶わない」 俺の言葉に、百目鬼は絶句する。しかしその後、「……くくく」と笑みを零すのだった。 「よくわかってんじゃねーか、俺の美学を。さすがにそれなりの付き合いをしてきただけはあるか」 俺にとっては、それなりに付き合いをしてきたつもりなんて全くないのだが、それは別に口にしなくてもいいことなので、胸の内に秘めておくことにする。 「しかし、どいつもこいつも美しいものを後生大事にしようとしやがって。その神経が俺にはわからねえ。壊してなんぼだろうが」 百目鬼は背中を背もたれに預けるようにし、両手を頭の後ろで組んだ。なんとも、つまらなそうだ。世界そのものに、飽き飽きしている風にも見てとれる。 杏中が落し物に価値を見出すのと同様に、百目鬼の美的センスもまた、ずれていた。この百目鬼桃太という男とは、美的センスという点では、一生わかり合えない。わかり合おうとも思わないが。……いや、そもそも、俺がそんなことを言える立場ではないのか。それは、こっち側の住人ではない柑森によって、飽きるほど思い知らされてきた。他人から見れば、俺も、よっぽどずれている、のだろう。他者からしたら、俺も杏中も百目鬼も、一括りにされてしまうのかもしれない。 落し物を集めることに価値を見出し、美しいものを壊すことに価値を見出し、眼鏡そのものに価値を見出す。価値観が大きくずれている三人がこうして一つの空間に集まっている。普通の価値観を持っている人間からしたら、なんとも滑稽な光景だろう。 しかし、これで揃ったというわけだ。部長である明鏡寺めいきょうじ先輩を除いた、『美学部』の部員が。 普段集まることがない、もはや全員が幽霊部員と言っても過言ではないメンバーだが、部長が来るというだけで、こうして集まりもしない三人が集まるというのだから、やはりあの人はすごい人望の持ち主である。 あの人には、一生ついていきたいと思わせる何かがあるのだ。 「……遅いな、部長」 百目鬼の机を指で叩く行為が鼻につき、そろそろ注意してやろうか、と思っていたときだった。 ブゥゥゥ、とバイブレーションが鳴り響いた。 「ちっ」 スマホを手にした百目鬼が、画面を見るや否や、苛立ちの表情を露わにする。杏中も同じように自分のスマホを手にしてその画面を見ていたが、すぐに、どこからかトートバックを取り出し、目にもとまらぬ早さで机に置いてあるガラクタをそれに入れ始めた。 やがて――二人は、席を外した。 『申し訳ない。今日の部活だが、行けなくなった。私抜きで楽しんでくれ』 俺のスマホに映っていたのは、そんなメッセージだった。

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