-MEGANE-
-10- 誘拐事件

午前の授業は柑森かんもりのおかげで、無事に終えることができた。授業が終わる度にノートを貸してもらい、次の授業で、前の授業に柑森が取ったノートを写させてもらった。先生が黒板に書いたことをすぐに知りたければ、後ろから小声で柑森を呼んで、そして小声で黒板に書かれた内容を教えてもらった。 それはまるで、柑森の言った通り、柑森が俺の眼鏡になったようであった。 昼休み。 俺は柑森に、眼鏡が無くなった経緯について話した。昨日は別々だったが、教室で一緒に昼食をとるというのは、別に今に始まったことではない。 「……で、目が覚めたら、眼鏡が無くなっていた、と」 俺の話を聞いた柑森は、俺が結末を言うより早く、そう口にした。 「ミステリだね、それって。現実は小説より奇なり、って、まさにこのことじゃん」 呑気な感想だった。まるで他人事だ。 「俺、あれから考えてみたんだけど、やっぱり、勝手に消えるなんてことは、あり得ないと思う」 「だろうね。そりゃそうだ」 そう言って、弁当箱の一角に入っているミニパスタを口に入れる柑森。 「俺はこの事件、誘拐事件、だと思ってる」 こほこほ、と柑森はむせた。 「ゆ、誘拐……? それって変じゃない。普通、盗難じゃないの」 「いや、誘拐で合ってる。俺にとっては、ただの眼鏡じゃないんだ」 「……わかったよ。でもさ、きみの言うように、『誘拐』だとしても、なんで犯人はきみの眼鏡なんて欲しがったんだろうね」 それは、確かに疑問ではあった。他人の眼鏡なんか盗んで、一体どうするつもりなのか。 「まさかこの学校にもきみみたいな眼鏡マニアが他にもいるとか」 心底面白おかしそうに言う柑森だった。 「ライバル登場じゃん」 「よせよ。ただのきみの空想だろ」 「わからないよ。世の中は、きみみたいに自分の趣味を公にできる人ばかりじゃないからね」 「確かにそうかもしれないけどな……」 「で、きみはこれからどうするつもり? 犯人捜しとか、するの?」 「勿論、そのつもりだ。他の眼鏡はお金でなんとかできるが、俺がかけてた彼女だけは、諦めるわけにはいかない。一生かかっても、彼女を誘拐した犯人を見つけ出すつもりだ」 「ひぇ、執念深い」 「当たり前だ。黙って泣き寝入りするつもりはない」 「でも、何か手がかりとか、あるの?」 「それは、……これから見つけるさ」 当面の問題は、そこだった。なんせ、手がかりが少なすぎる。少ないというより、ないと言った方が正しいかもしれない。そんな状態から犯人を捜す、というのは、考えたくもないほどの時間と労力がかかるように思われる。 「私はさ」 水筒のお茶を一口飲んだときだった。 「私は別にこのままでもいいよ」 柑森は、そんなことを口にした。 「今の研瞠けんどうは、私とちゃんと喋ってくれてる、って感じだから。……なんていうのかな、やっと眼中に入れてくれた、って感じ?」 言葉の調子からもそうだし、少し照れたような表情を浮かべている――ように見える。 ただそれは、反応に、困った。どんな気の利いた台詞を言ったらいいかわからない。結局、俺が言える言葉というのは、「俺はこのままじゃ困る」という率直な言葉だけだった。 すると、柑森は、 「だろうね」 と、笑って答えるのだった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません