-MEGANE-
-07- きみは何を求めてる?

「――何かあったのか?」 やっぱり。 明鏡寺先輩は、見逃さない人だ。 ちょっと自虐めいた発言をしたら、これだ。 「それは、何かあったという顔だ。私に相談するといい。こういうのは、一旦外に出した方がいいんだ。その方が気持ちも楽になる」 こうなることは予想できていたはずだ。 予想できた上で、さっきの発言をしたのだとしたら――そう思うと、俺は自分の打算的な部分に嫌気を差さずにはいられなかった。 こういう展開になることを、俺は心のどこかで望んでいたのかもしれない。 「何でも相談するといい。なんせ私は今、探偵のようなことを日常茶飯事にしているからね。それに、今では変に名前が売れてしまって、一部の生徒からは『名探偵』などと揶揄されることも多いのだよ。きみの解けない問題、この名探偵である私が解いてみせよう」 内容も聞いてないのに、解決する気満々の明鏡寺先輩だった。 ……そんな風に言われてしまえば、甘えたくなってしまう。プライドとか、そんなのどうでもよくなって、明鏡寺先輩が伸ばす手を、取りたくなってしまう。 「……話、聞いてくれますか?」 結局。 俺は今朝起こったことを明鏡寺先輩に説明することにした。今朝のことだけじゃない。それ以降、柑森とは一言も話さなければ、目すら一度も合うことはなかったということを話し、放課後になると、柑森は何も言わずに帰ってしまったことも含めて話した。そこまで話す必要はないのだが、そこにはきっと、この胸の内にあるモヤモヤを晴らしたいという思惑があったのだろう。 話を聞き終えた明鏡寺先輩は、開口一番、こう言った。 「そんなもの、眼鏡を愚弄する奴が悪い」 あまりにも、ばっさり、だった。 「きみの大切な彼女を強引に奪って、レンズを素手で触ろうとする? そんなの言語道断だ! それに、彼女を投げつけた、だって? 信じられない!」 明鏡寺先輩は興奮していた。 「……」 どうする……。 相談する相手を間違えたか……? 明鏡寺先輩は、明らかにこっち側の住人だった。 俺と同じように眼鏡を愛している、というわけではない。だが、明鏡寺先輩は、『俺の眼鏡に対する愛が理解できてしまう』人間なのだった。俺だけじゃない、明鏡寺先輩は、百目鬼の『美しいものは壊したくなる』というのも、杏中の『持ち主のわからないガラクタを集めたくなる』というのも、理解できてしまう人間なのだ。 それこそが、部員全員から慕われる所以であり、価値観がずれた美学を持つ人間が集まるこの美学部の部長たる所以である。 明鏡寺先輩は、俺と同様、眼鏡を人と同じレベルまで、要するに、人と接するのと変わりなく眼鏡に接することができる。だから俺と同じように、『彼』や『彼女』といった代名詞を眼鏡に平気で使うし、さっき明鏡寺先輩が口にしたように、俺が今かけている眼鏡に対しても『彼女』と呼ぶのだった。 「で、でも、彼女はこの通り無事なことでしたし……」 「そういう問題じゃないのだよ!」 ……怒られてしまった。 あれ? 今、相談に乗ってもらってるんだよな……。 それはともかく、なんだか嫌な方へと話が進んでいた。 こんなことを話したばっかりに、柑森の評価を落とすというのは、俺の思うところではない。 「あの、俺がこんなことを言うのも変な話ですが、柑森のこと、嫌いにならないでやってもらえませんか」 「嫌い? なぜ私が彼女を嫌う必要があるんだ」 「いや、だって、明鏡寺先輩、怒ってるじゃないですか」 「怒ってるからと言って、嫌いという訳にはならないだろう」 確かに、そう言われてみるとそうかもしれないが……。 「彼女の行為は、眼鏡を愛する者からしたら、怒って当然の行為だ。だが、だからといって嫌いになるのとは違う」 それにね、と明鏡寺先輩は続けた。 「私はきみから聞いた彼女のエピソードを聞いて、嫌いになるどころか、もっと好きになりそうなのだよ」 「え?」 「だって、きみのこと、少なからず憎からず思っていたから、もっと大胆に言えば、きみのことが好きだったから、彼女はあんなにも激怒したわけだろう? きみのことを良い風に思っていたから、きみにちゃんと思いを伝えた。さもなくば、きみにそんなエネルギー使うことなく、呆れて、冷たい目線を向けて、一言も喋ることなく、それで、終わりだ。感情を露わにして、自分の思いをはっきりと伝えるというのはね――、そこらへんにいる人間に対しては、できないものだよ」 「…………」 確かに……言われてみれば、そうだ。 軽蔑した眼差しを向け、それ以降、関わりを持たないようにする――というのが賢いやり方である。 本音を言ってしまえば、あのときの俺は、『そんなに怒ることはないだろう』と本気で思っていた。しかし、今の明鏡寺先輩の言葉を聞いて、彼女があそこまで激昂した理由がわかったような――気がする。 「きみに落ち度があるとするならば、それは、彼女のそんな気持ちを慮ってやれなかったことだろうな」 明鏡寺先輩の言葉が身に染みた。 本当に、その通りだった。 「だが、彼女がきみから彼女を奪って、最終的に投げつけた点については、私は許せないがね。愛情表現するにしても、もっと他にやりようがあるだろうに」 「……俺も、正直その点に関して言えば、むかついてます。……でも、俺、彼女をあんな風に扱われたから、柑森のことを許せない、という風に思っているわけではないんです」 「……ふぅん? じゃあ、きみは一体何を悩んでいるんだい?」 明鏡寺先輩の言葉に、俺は呆気に取られた。 「きみは何を求めてる?」 それはまさしく、暗闇の中、光が差し込んできた瞬間だった。俺はずっと、この光を待ち望んでいたのかもしれない。 「俺は――」 差し込んできた光に手を伸ばすように、俺は言った。 「柑森と仲直りがしたい。それが俺が求めていることです」 パリッ。 聞こえたのは、ポテチが砕かれる音だ。 「そうか。じゃあやるべきことは簡単じゃないか」 明鏡寺先輩は、もう自分の仕事は済んだとばかりに次のお菓子の袋に手を伸ばしていた。 「きみ、早く好きなのを取らないと私が全部食べちゃうぞ」 ……なんというか。 なんとも簡単に、すぅっと気分が楽になってしまった。 最近頼まれ仕事をよく受けると言っていたが、きっと明鏡寺先輩は、こんな風に、いくつものも問題をいとも軽々と引き受け、そしていとも容易く解決してきたのだろう。 そう思った。

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