-MEGANE-
-12- 心配するな、任せておけ

「なぜ誰よりも早く私に相談しなかったのだ」  眩坂くらさか眼鏡で、硝子しょうこさんから夢女ゆめちゃんに相談してみたら? と言われたその翌日。  明鏡寺めいきょうじ先輩は、静かに怒っていた。 「最近頼まれ事をよく受けて、探偵ごっこをしていると言っていただろう? 他の人の頼みを受けて、可愛い後輩の頼みを受けないなんてことがあるか」  そんな明鏡寺先輩の言葉を聞きながら、俺は密かにこう思っていた。  もしあのまま相談しなかったら、どうなっていたことだろう――と。  今朝、たまたま出会ったから良かったものの、出会わなければ、俺はきっと自ら明鏡寺先輩に接触を取るということはしなかっただろう。さすがに、明鏡寺先輩に相談するにしても、『眼鏡を無くしました』と電話でわざわざ話すわけにもいかないと思っていたのだ。学校で偶然出会ったら、もしくは部室にいるときに訪ねてきたら、話そうと思っていた。  そして、そのタイミングは早くも、唐突にやってきた。  下駄箱で外履きから上履きに履き替え、階段へと向かおうとすると、まさに階段へと上がろうとした明鏡寺先輩とバッティングしたのだ。といっても、俺は明鏡寺先輩の存在には気付かなかった。なにしろ裸眼である。今の俺には、全員が全員同じように見えていた。男女の違いがわかるにしても、あとの判別と言えば、髪型とか、体型とか、精々そのくらいの程度である。 「研瞠けんどうくん、か……?」  俺はその声で振り向くことになった。 「ああ、やっぱり。どうした、まさかきみ、コンタクトにしたわけではないだろうね」  相手が明鏡寺先輩だとわかった俺は、事情を説明しようとした。しかし、上手く説明しようとして、どこから話したものかと、まごついている間に、 「ちょっと来い」 と、明鏡寺先輩は、力の加減なんぞ知ったこっちゃないといわんばかりに、ぐっと俺の腕を引っ張るのだった。俺はなされるままに、明鏡寺先輩の腕に引っ張られて、連れていかれることになったわけだが、果たしてどこに連れて行かれるのかと思いきや、連れてこられたのは職員室だった。明鏡寺先輩は部室の鍵を借りに来たようだ。職員室を出た後も、明鏡寺先輩は尚も俺の腕を引いて歩いた。自分で歩けると口にしたかったが、何やら明鏡寺先輩の雰囲気が只ならぬものだったので、俺は結局、部室に到着するまで、明鏡寺先輩に引っ張られっぱなしだった。  扉の鍵を開ける明鏡寺先輩。鍵穴に鍵を通すときさえ、手を掴まれていたのは、どういうことだろうか。逃げられるとでも思っているのか、あるいは掴んでいることすら忘れているのか。 「あ、きみの腕を掴んでいたのをすっかり忘れていたよ」  後者だった。  扉を開けた明鏡寺先輩は、先に部室へと入った。続けて、俺も部室へと入る。これから何をされるのだろうと思っていると、 「さあ、訳をはっきりくっきり聞かせてもらおうか」 と、明鏡寺先輩は俺に向かって言った。  やはり、どうして俺が眼鏡をつけてないのか、その理由を聞きたいようだった。俺としても、それは渡りに船だったので、柑森に話したときのように、あるいは硝子さんに話したときと同じように、明鏡寺先輩にあの日の出来事を話し始めるのだった。  そして話し終わった後。 「なぜ誰よりも早く私に相談しなかったのだ」 と、時間軸が現在に戻る、というわけである。いや、もうこれは過去のことだから、厳密にはちょっと前に戻る、ということになるのだが。  現在は――、 「これは、誘拐事件だな」 と、明鏡寺先輩が呟いているところだった。  明鏡寺先輩の怒りは、既に収まりを見せていた。今日こうして明鏡寺先輩と会うことができて良かったと心底思いつつ(相談する日にちをあければあけるほど、明鏡寺先輩の怒りは増幅していたように思う)、俺は、「やっぱり、誰かが攫っていったってことになるんですかね」と述べた。 「そうだろうな。彼らは生きている人間と同様に愛すべき存在だというのはわかるが、しかしだからといって、足が生えていなくなることはない」 「しかし……そうだとしたら、犯人は、なんの目的があって俺の眼鏡を誘拐したんでしょうか」  明鏡寺先輩は考え込む素振りを見せる。話しかけづらい雰囲気であったので、俺も俺で、考え込んでみることにする。しかし、今まで考えても答えが出なかったものに、いきなり答えが出るというわけもなかった。 「犯人はもしかしたら……」  明鏡寺先輩は、ふと呟いた。 「もしかしたら……なんです?」  なかなか次の言葉が出なかったので、そう訊ねてみる。 「何か思い浮かんだんですか?」 「……いや、なんでもない。忘れてくれ」  なんでもないと言うのなら、それ以上は言及することはできない。気にはなったが、俺は口を噤んだ。 「それにしても、眼鏡がないきみとこうして喋るというのは、なんだか他人と喋っているようで落ち着かないな。まあ、そんな気分も悪くはないが」 「俺は正直、気分悪いです」 「だろうね」 と言う、明鏡寺先輩の表情もはっきりと見えない。 「ところで、柑森ちゃんとの仲直りは上手くいったのかい」  ああ、そうだ。  そういえば、その報告をまだしていない。せっかく明鏡寺先輩に相談してもらったのに、あわや報告せずに済ますところだった。 「おかげさまで上手くいきましたよ。なんというか、思ったより呆気なく仲直りすることができました」 「それはよかった。仲直りというものは、往々にしてそういうものだ。大抵、当事者は重く捉え過ぎているものなのだよ。だから、仲直りできるものも仲直りできない。ま、それはともかくとして、私は何もしてないけれどね。ただきみの話相手になっただけだ。それに、あの程度のことで、きみと彼女が絶縁状態になるとはさらさら思ってもいなかったしね」 「そうなんですか?」 「そうだとも」  なるほど確かに、あのときの明鏡寺先輩は憤慨していたものの、喧嘩したことに関しては、やけに余裕綽々というか、なんだその程度か、というのを言外に感じられていたわけだが、そういうことであれば、辻褄は合うものだった。 「皮肉な話ですが、眼鏡がなくなったことが仲直りするきっかけとなりました。雨降って地固まる、じゃないですが、今では柑森が俺の眼鏡の代わりをしてくれて、それで、以前よりもよく話すようになりました」 「ほう……それは良いことではないか」 「まあ、良いことですかね」 「柑森ちゃんが、きみの眼鏡に、ねえ……?」 「……」  明鏡寺先輩は、違う所に着眼していた。  表情は上手く読みとれないが、意味ありげな笑みを浮かべているというのは汲み取ることができた。 「今は柑森ちゃんが目の保養ってわけかい」 「やめてくださいよ。別に、そういうつもりはありません」 「どうだかね」  明鏡寺先輩が笑うと同時に、HR開始を告げる予鈴が鳴った。時が経つのは早い。結局、彼らが誘拐された件については、明鏡寺先輩に説明するだけに終わってしまった。 「よし」  明鏡寺先輩は席を立った。 「さっき話してくれた誘拐事件のことだが、ちょっと時間をくれないか。とても今すぐには解決できそうもない」 「それは、全然構いませんが……」 「なんだ」 「あ、いえ……やっぱり、そういう行動を取るんですね、明鏡寺先輩は」 「当たり前だろう。何を言っている」  まるで、俺がおかしいみたいに言う明鏡寺先輩だった。改めて、明鏡寺先輩の懐の深さというものを実感せずにはいられない。こんなに頼もしい先輩は、きっといない。  ――とはいえ。  とはいえ、である。この事件、手がかりが少なすぎる。  いくら明鏡寺先輩だとしても、解決してもらうことができるかどうか――。  そう思うと、やはり申し訳なさというのは拭えない。明鏡寺先輩をこんなことに付き合わせていいものなのだろうか、という気持ちになる。仮に解決しなかった場合、明鏡寺先輩の時間を無駄にしてしまうことになるのだ。 「心配するな、任せておけ」  しかし、明鏡寺先輩は俺の不安を取り除くように、肩をぽん、と叩くのだった。実際、それだけで、不安は取り除かれてしまった。いとも簡単に。  この人のことだ、きっと本当に解決してしまうのだろう。  そんな風に、思ってしまうのだった。

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