-MEGANE-
-01- オレンジ色の彼女

どうやらこの学校には、かけもしない眼鏡を複数持ち歩き、しかもそれらすべてに名前をつけるという、ちょっとやばい奴がいるらしい。 そんな噂がまことしやかに流れている――のかどうかは知れないが、少なくとも俺は、そんな噂が裏で囁かれているかもしれないと想像できるくらいには、自分が世間とは大きくずれていることを自覚していた。故に、クラス替えの度に、クラスメイトに奇異の目で見られることも、そして時間が経てば、飽きられることも、もうわかっていたことである。さすがに、夏休みも終わって二学期に入る頃には、ほとんど全ての人間が俺のことを見向きもしなくなっていた。 HRが始まる前の朝の時間――俺は一人、クラスメイトが続々と教室に登校してくる中、読書に耽っていた。読書と言っても、世の一般の人が想像するような文庫本や新書、あるいはハードカバーなど、そういった類のものを読んでいるわけじゃない。 カタログである。 それを広げてしまえば、机をほとんど占領するくらいの大きさで、他人から見ると目立つこと間違いないが、しかしそんな俺の読書姿にも、視線を向ける者は誰もいなかった。 快適な環境下で、カタログのページをぺらぺらとめくる。そして、お目当てのページに辿り着いたところで、その手を止めた。 蛍光ペンで印をつけられた彼女。 オレンジ色の、とても可愛らしい彼女を見つめる。彼女を、もし彼女が使うことがなったら――と想像に耽っていると、唐突にその声は耳に入って来た。 「よっす」 俺の横を今通り過ぎたのは、よく見知った人間だった。とりあえず、彼女の背中に向かって、おう、と挨拶を返しておく。彼女が自分の机に鞄を置くのを見て、俺はカタログへと再び視線をおろした。ほぼ同時に、椅子を引く音がする。 そのまましばらくカタログを読み耽っていると、ふいに視線を感じたので、俺は再びカタログから顔を上げた。すると、俺の前の席に着いている彼女――柑森千夏かんもり ちなつは、足を机の中ではなく、通路側に向ける形で、上半身を捻るようにして、俺の方を向いていた。背もたれに両腕をかけて、その上に顎を乗せて、俺を――研瞠軒一けんどうけんいちという生き物を観察しているかのように、じっと、こちらを見ていた。

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