-MEGANE-
-06- ポテトチップス・梅味。

部室で一人、柑森のことで感傷に浸りながら、スマホで検索した眼鏡画像をぼんやりと眺めていると、ふいに部室の扉が開かれた。 顔を上げて見ると、両手一杯に色とりどりのお菓子の袋を抱えていた明鏡寺めいきょうじ先輩――我が美学部の部長が、扉のところで立っていた。 「なんだ、きみだけか」 言いながら、咥えていたポテチを口の動きだけで器用に口の中へと入れ、ぱりぱりと音を立てながら咀嚼する明鏡寺先輩。 「どうしたんですか? それ」 俺は思わず訊ねてしまった。 「夏休み明け久々の部活だろう? せっかくだから、ぱっーとやりたいと思ってね。購買で買ってきた。それに、夏休みで溜まりに溜まった美学雑談に花を咲かせるとなると、それなりのつまみが必要だとも思ってね」 明鏡寺先輩は、部室に入ってくると、両手に抱えていたお菓子の山を机の上に解放した。あまりの量に、お菓子の袋が一つ、机から滑り落ちる。それを器用にキャッチしてから、持っていた封の開いたポテチの袋を追加で机に置いた。その袋からさらに一枚のポテチを手に取って、口に放り込むようにして入れた後、「百目鬼どうめきくんと、杏中あんなかちゃんはもう帰ったのか?」と、俺に訊ねる。 「明鏡寺先輩のメッセージを見るまでは二人ともここに居ましたよ」 「ふむ、そうか……」 そう言いながら、またもポテチの袋の中へと手を伸ばす明鏡寺先輩だった。今度は二枚取り。どうやら止められなくなっているらしい。 「あの二人は部活というよりも、明鏡寺先輩に会いたいって感じでした」 「ふむ」 一応、そんな相槌を打ってくれるも、重ねたポテチをさらに口へと入れる明鏡寺先輩。ざくざくと聞いていて気持ちがいいほどの音が鳴る。 「まあいい。せっかく買ってきたんだ、きみと私でこのお菓子を二人占めしようじゃないか。さあ、好きなのを開けたまえ」 「開けたまえ……って、というか明鏡寺先輩、今日はもう来れなかったはずじゃ……」 「予定より早く用事が済んだものでね」 「何してたんですか」 「探偵ごっこ」 あまりにも意外な返答に、俺は思わず絶句してしまった。 「勘違いするなよ。ごっこといっても、遊びじゃない。ちゃんとした頼まれ仕事だ。ちょっとした不可解な事件を解決してくれと、可愛い後輩ちゃんに頼まれてしまってね、その子とは初対面だったが……藁をも縋る目で見られちゃ、無碍にするわけにもいかないだろう?」 なるほど……。 しかし明鏡寺先輩はさも当然のように言うが、初対面の人間の頼みを引き受けるのは中々容易ではない。 「ちなみに、その事件は解決したんですか?」  「勿論。だからここに来た」 はあ。さすがというかなんというか……。 「しかし最近、見ず知らずの人間に何かとよく頼まれる。もうこれで十三件目だ」 「そうなんですか?」 「ああ、いい加減助手が欲しいくらいだよ」 「……俺はやりませんよ」 言外に「きみ、助手やってみないか」とほのめかしていたので、おれは先んじてそう答えた。 「そりゃ残念」 そう言うと、明鏡寺先輩は片手のお菓子の袋を俺の方へと向けた。 ポテトチップス・梅味。 一枚だけ手にとって、食べてみる。 ――美味い。 梅味のポテチは暑い夏にぴったりだった。 「だったら、きみの彼女にでも頼むとするかな」 「彼女?」 「名前はなんて言ったけか……いかん、ど忘れした。確か夏っぽい名前だった気がするんだが」 「……柑森ですか?」 「ああ、そうだ。しかし、なんで夏っぽいなんて思ったんだろうな」 「それは多分、下の名前からでしょう。下は、千夏、って名前ですから」 「そういや、そんな名前だったな。柑森千夏かんもりちなつ……うん、何度聞いても美しい名前だよ。私は彼女の名が好きだ」 そういう明鏡寺先輩は確か、自分の名をあまり好いていなかった。 明鏡寺夢女めいきょうじゆめ。 明鏡寺、という名前は呼ぶ者の口の筋肉を疲れさせるとか何とかで、明鏡寺先輩はあまりこの苗字を好いてないらしい。……ああ、そうだ。苗字だけではない。明鏡寺先輩は、ファーストネームの方もあまり好んでいない。 夢女。 明鏡寺先輩曰く、夢、なんてポジティブな言葉、自分には到底似合わないから、だとか。あとは、女という漢字が自分の名前に付いているのも頂けない、とか。女であることはわかっているのだから、そこまで女を強調しなくてもいいじゃないか、というのが明鏡寺先輩の言い分らしい。それに関しては賛否しかねるが、しかし、そうなると、明鏡寺先輩はつまり、頭からつま先まで自分の名を好いていないことになるのであった。 「というか、明鏡寺先輩」 「ん?」 「柑森は俺の彼女じゃないです」 「なんだ、まだ彼女にしてなかったのか」 「……、やめてくださいよ、俺と柑森はそういうんじゃないですから」 「ふぅん? どうだかね」 明鏡寺先輩は疑わしげだった。 「それはともかく」 俺は話を逸らした。 「柑森を助手に誘うのは、無理ですよ」 「? どうしてだい?」 「柑森は氷彫刻をやっているので。柑森にとっては、氷彫刻が部活みたいなものですから」 「ああ、そういやそうだっけか」 「ええ。柑森は俺なんかと違って、真っ当な趣味を持っていますから」 そう口にした瞬間、俺は過ちを悟った。

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