-MEGANE-
-02- ほんと、変わってる

「……、なんだよ」 「いや、毎日毎日そうやって眼鏡ばっかり見て、飽きないのかなーって。そんな素朴な疑問が浮かんだから」 「……別に今に始まったことじゃないだろう。昨日の俺も、同じように眼鏡のカタログを読んでたし、夏休み前の俺だって、同じように読んでた。昨日のきみだって、その姿を見ていたし、夏休み前のきみだって、その姿を見ていた。……というか、きみのその疑問が、既に聞き飽きたよ。何回目だよ。いい加減慣れてくれよ。人は慣れる生き物だろう」 「でも、人は飽きる生き物とも言うよ」 柑森は素早く切り返した。 「いや、だって、日の初めにきみを見る度、不思議なんだもん。よくそんなに、眼鏡だけに熱量注げられるなあ、って」 どう答えたらいいかわからず、気の利いた台詞を思いつかないでいると、「ほんと、変わってる」と、柑森は畳みかけるようにして言った。 「毎朝、HR前に眼鏡のカタログ読んでるのって、世界中探したって、きみくらいのものなんじゃないの?」 「いや、探せば、一人くらいはいるだろう」 「いないよ。いや、百歩譲っていたとしても、その人は、日常的に、かけもしない眼鏡を三つも持ち歩いたりしないと思うな」 それに、と柑森は続ける。 「かけもしない眼鏡を毎日ピカピカになるまで綺麗にしないだろうし、名前とかもつけないと思う」 机の端に並べられた眼鏡。彼らに視線を向けて、柑森はそう言った。 「ちなみに、この眼鏡たちは、なんて名前なの?」 「スカーレキングクロワサ」 「へぇ……」 訊いてきた本人の反応だとは思えないほど、一ミリの興味も窺えない反応だった。せめて、どの眼鏡がどの名前なのかくらいは訊いてほしいものである。 ちなみに、俺が眼鏡に名前をつける際は、見た目から連想する名前を付けるようにしている。 例えば――、 スカーレは、朱色のボディから(朱色=スカーレット)。 キングは、見た目が『王様』っぽいから。 クロワサは、クロワッサンのような配色で、どこか和風を感じるようなデザインだから(クロワサという響きがどことなく日本っぽい)。 ――という具合に。 他にも十近くの眼鏡が家にあり、俺はそれら全てにも名前をつけている。本音を言えば、彼ら全員を連れ出したいのだが、それは物理的にも周りの目を気にするという意味でも難しいので、日替わりで三つだけ選んでいつも持ち歩いているというわけだった。 「やっぱりきみほど、特殊な趣味を持つ人間はいないよ」 柑森は、もはや呆れを通り越している感じだった。 さすがにそこまで言われて黙っているというのも癪なので、俺は言い返すことにする。 「……言っておくけどな、眼鏡に限らずに言えば、俺みたいな人間はざらにいるんだぞ。きみが知らないだけであって。例えば、世の中には、ガラクタにしか思えないようなものばかり集めてそれらを宝物のように扱う奴や、美しいものを壊すためだけに収集するような奴だっているんだぜ? 世界はきみが思っているより、ずっと広いものだ」 「その言い方だと、なんだか私が世間知らずみたいだよね……ってか、そんな人本当にいるの? 理解不能」 ドン引きしたように、眉をひそめて言う柑森だった。 「まるで自分の趣味は特殊じゃないみたいな言い方だけど、きみだって、氷彫刻が好きで、毎日のように作品制作してるんだろう? 特殊さで言えば、俺と似たようなものじゃないか」 「やだっ、やめてよ! 私の氷彫刻ときみのそれを一緒にしないで」 まるで自分の下着を父親のものと一緒に洗濯しようとする母親に向かって吐くような台詞を言う柑森だった。 氷彫刻。 実際、柑森が父親の下着と自分の下着を一緒に洗濯することを良しとしているかどうかはともかく、柑森は、父親の影響で氷彫刻を始めたと聞いている。父親が氷彫刻師ということもあって、その影響で、小学生のときに氷彫刻を始めたとかなんとか。それ以来、毎日のように氷彫刻に明け暮れているらしい。柑森は部活に入っていないが、その理由が氷彫刻なのである。 俺には、彼女が氷彫刻に没頭するのと、俺が眼鏡に没頭するのとで、大した違いがあるように思えなかった。 とはいえ。 「一緒だろう?」 「一緒じゃないっ!」 この問答は、永遠のように続かれると思われたので、俺は早々に撤退することにした。戦略的撤退である。それに、さっきからどうにも弄ばれているようである。柑森のそもそもの目的が俺を虐めることなんじゃないかと疑念を抱き始めた俺は、さっさと白旗を上げることが懸命であると悟った。 「わかったよ、きみの趣味と俺の趣味は一緒じゃない。これでいいだろ?」 「わかればよろしい」 俺が両の手の平を見せるようにすると、柑森は満足そうな笑みを浮かべるのであった。それに、から笑いで応じると、俺はカタログへと視線を戻した。ぺらぺらと、当てもなくページをめくる。

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