-MEGANE-
-24- 罪と告白

「人間と違ってね、壊れた物は、直したり、新しく作ればいいの」  硝子さんは、手に持っていた紙袋から眼鏡ケースを取り出し、その眼鏡ケースを開けた。  そこには、見覚えのある眼鏡が入っていた。 「はい、硝子さん二号よ」  透明の眼鏡。  それはまさしく、硝子さんの姿だった。「ほら、軒一くん、もうすぐ誕生日でしょう? だから、二週間前に『硝子さんが壊れた』って夢女ちゃんから聞いたとき、だったらサプライズで軒一くんに新しいものをプレゼントとしようと思って、密かに作ってたの。誕生日までに間にあうかどうか危なかったけど、この通り無事に完成しました」  硝子さんはそう説明してくれたものの、俺はまだ、事態をよく飲み込めていなかった。生まれて初めてサプライズというものをされたから、というのもあるかもしれない。 「はい、どうぞ受け取って。ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」  そう言って、硝子さんは、硝子さんを俺に差し出した。  俺はそれを受け取ると、自然と、涙が出てきていた。 「そんなことで泣かないの。男の子でしょ? ほら、柑森ちゃんも見てるわよ」  俺は今かけている眼鏡を取って、涙を拭った。  確かに、こんなみっともない姿を柑森には見せたくなかった。 「有難う、ございます。もう二度と、手にすることはないと思ってました」 「本当はちゃんと誕生日当日に渡すつもりだったんだけどね。お昼頃に夢女ちゃんから電話がかかってきて、事情を聞いて、予定を早めることにしたの」 「明鏡寺先輩、ですか……?」 「そう。なんでも、軒一くんと柑森ちゃんの危機だから、例の物を持って急いで来てくれーって頼まれちゃって。本当はすぐさま向かいたかったのだけど、作業が忙しくてね……でもまあ、結果的に間にあったみたいで良かったわ」  明鏡寺先輩がそんなことを……。 「柑森ちゃん」  硝子さんは、唐突にその名を呼んだ。  俺はそれがきっかけとなって、今まで見れなかった柑森の方へ視線を向けることができた。柑森は、一人俯いていた。 「もう大丈夫だから。柑森ちゃんが壊したものは、ちゃんと元通り、持ち主の手に返ったから。だから、もう泣かないで」  表情は俯いていて、窺えない。  だが、柑森の足元を良く見ると、数滴、雫が落ちていた。 「私には……、私には、元通りにした、という感覚は……ありません。私は、この気持ちを元通りにすることはできません。直すことは、できません。……私のやったことは、なかったことにはならない。だから、私には、罰が必要なんです。罰がないと、私は――自分を自分で罰するしかなくなる」  柑森は顔を上げない。  床に向かって、ただひたすらに言葉を吐いていた。  そんな柑森に、俺はなんて言葉をかけたらいい……?  きっと、どんな気休めの言葉を言ったところで、柑森の心には響かないだろう。  柑森は自分を自分で許さないだろう。  だったら、俺にできることは――。 「……わかった。そこまで罰が欲しいなら、こうしよう。今日限りで、終わりだ。俺はきみとの友達としての縁は切る。だから、これからは――」 「待って」  柑森は俯いたまま、俺の言葉を制した。 「わかってる。赤の他人、ってことだよね。……うん、それくらいは、覚悟してた。当然だよね。あんなひどいことしちゃったんだから。でも、優しいきみなら、そうしてくれると思ってた」  柑森は、出来損ないの笑みを浮かべて、顔を上げた。 「じゃあ、バイバイ。今まで、ありがと。私なんかと付き合ってくれて、さ。研瞠けんどうもとっくに気付いてたでしょ、私が友達いないの。それでもきみは何も言わずに、私と仲良くしてくれたよね。実は、とっても嬉しかった」  そう言って。  最後に笑顔を作って、柑森は俺の前から姿を消した。  ――いや。  そんなことは、させなかった。 「おい、どこに行くんだよ。まだ話は終わってないぞ」 寸でのところで、呼びとめる。幸いにも、柑森は部屋を出る前に足を止めてくれた。 「そういうとこ、きみの悪い癖だ。勝手に解釈して、勝手に行動して、勝手に自分の所為にする。これは、前々から言おうと思ってた」 「……、最後くらい、綺麗に終わらさせてよ。話の続きって、それを言いたかっただけ?」 「違う。もっと大事なことだ」 「何? もう涙も乾いちゃったんですけど」  振り向いて、文句を言う柑森。涙はまだ乾いてなかったが、いつも通りのつんけんとした態度がどこか懐かしくて、思わず笑ってしまいそうになった。 「友達解消して、恋人関係になってくれ……そう、言うつもりだったんだ」 「……………………へ?」  ぽかん、とする柑森。 「それがきみへの罰だ。俺だってやっと自分のことを理解してくれる大切な人に出会ったんだ、俺ときみとの関係、勝手に解消なんてさせねーから」 「なに、それ……」  目の前の彼女は、激しく動揺しているみたいだった。 「私、、、そんな告白されたくなかったんだけど。ってか、もっとこう、なんていうか、オーソドックスに、『きみのことが好きだ』……みたいなのを望んでたんだけど!」 「きみの理想なんて知ったことか。そもそもきみの理想通りの告白したら罰にならないじゃないか」 「それとこれとは別だから! ……ああもう、やっぱり研瞠って、眼鏡のことばっかで他は全っ然駄目だよね。女心わかってなさすぎ」 「悪いことをしたのはきみだろ? なんで俺が怒られてんだよ」  俺のその言葉に、柑森が何か言いかけようとしたところで、ふふ、と笑い声が聞こえた。それで、はた、と我に返る。そういえば、この場に硝子さんがいたことをすっかり忘れていた。 「ごめんなさい、邪魔だったわね、私」 「えっ、あ、いや、私は別にそういうつもりでは――」 「ごちそうさまでした。いいものも見させてもらったし、私はここで失礼させてもらいますね」 「ちょっ、待ってください、硝子さ――」  俺の呼びかけも空しく、「それじゃ、ごゆっくり」と余計な一言を残して部室を後にする硝子さん。そして、扉も閉める硝子さんだった。 「……」 「……」  閉め切られた部室。いるのは俺と目の前の彼女だけ。  目が合うが、硝子さんが作り出した空気によって、目を合わせ続けることもままならない状況になってしまった。相手が目を逸らし、それを見た俺も、羞恥心から、目を逸らす。そして、お互いに口を噤んで沈黙が流れる――。  沈黙というのは、辛い時間であるはずだ。しかし、この沈黙は不思議と心地い良いものだった。 「なんだよ」 「別に? なんでもないけど」  再び目が合ったとき、柑森は笑いを堪え切れないかのように、吹き出していた。まったく堪え性のない奴である。  ……まあ、もっとも。  そんな彼女の前にいる自分も、同じように吹き出してしまっていたわけなのだが。

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