-MEGANE-
-26- 後日談2

「何にするか迷ったが、結局これに落ち着いたよ」  そう言って、明鏡寺先輩はポケットから何かを取り出す。  机に置かれたそれは、透明なスリーブに入った一枚の写真だった。  プロマイド写真のように見えるそれを見て、俺は驚かずにはいられない。  なんとその写真には、明鏡寺先輩が部室で着替えている姿が映ってあった。 「おっと、間違えた。これじゃなかったな」  もっと近くで見ようとしたが、すぐさま写真を拾い上げられてしまった。 「……なんですか、今の」 「ああ、これか? もらったのだよ。なかなかいいアングルで取れていたからね」 「もらった? 誰からですか」 「百目鬼くんだよ」  俺は自分の耳を疑った。  百目鬼だって……? なんであいつが……。 「前々から、彼にはカメラの趣味があることは知っていたがね、まさかこんな写真を撮られていたとは思ってもいなかったよ。私としたことが、油断したものだ」 「ちょ、ちょっと待ってください。百目鬼の奴、カメラ趣味なんかあったんですか?」 「あったぞ」  あったぞって……。 「あの、百目鬼って、美しいものを壊したくなるような趣味がありましたよね? その百目鬼が写真集め、ですか?」  未だに信じられない俺は、明鏡寺先輩にそう訊ねた。 「集めてはいないよ。彼がやっているのは、美しいものが映った写真を燃やしたり、千切ったり、落書きを書いたり――つまり、ひたすらに壊しているだけだ。なぜそんなことをわざわざしているかというと……まあ、原因は私にあるのだろうな。なんせ彼は、私に会って以降、他人に迷惑をかけるような破壊趣味をしないと私に誓ったものだからね。それを頑なに守り続けた結果、そういう新しい趣味を開拓してしまったのだろう」  やっていることは昔とはそう変わらないがね、と言う明鏡寺先輩。  百目鬼が明鏡寺先輩と会ったことで、不良から更生したことは知っていたが、まさかその反動で百目鬼がそんな趣味を持っていたとは思わなかった。昔不良だったというのに、やけに自制ができていると思ったら、そのためだったのか。 「綺麗なものを写真で撮って、それを壊す。私の所為で、なんだかよりマニアックに近づいた感は否めないが、しかし誰にも迷惑はかかってない。実にエコだ」 「確かに、理屈ではそうかもしれませんが……」  なんだろう。  さっきから、どうにも馬鹿な会話をしているように思えてならなかった。 「あれ? でも、ちょっと待ってください。それにしてはその写真は傷一つついてないですよね」 「なんでもこれは、たった一枚しかないみたいでね。単純に壊すのも勿体ないなくて、いつか最高の壊し方をするために、ずっと大事に、それこそお守りみたいに、持ち歩いていたらしいよ。他ならぬ本人がそう言っていた」  ……それはなんだか皮肉な話だった。  壊すのが勿体なくて壊さない、いつか壊すために壊さない、というのは、百目鬼にとって、最高の皮肉のように思える。  いつか、『美しいものを後生大事にしようとするのはわからない』みたいなことを言っていたが、お前も他人のことは言えないじゃないか――と、そんなことを言いたくなった。 「ちなみに、これは偶然拾わせてもらってね。きみと袋いっぱいのお菓子を食べた日があっただろう? 部室に行く途中に、部室前の廊下に落ちてあるのを見つけたんだ。そんなところに落ちてある以上、思い当たる人物は一人しかなかったものだから、それで百目鬼くんに問い詰めてみたというわけさ。そしたら、案の定当たり。彼は、必死になって許しを乞うていたよ。無論、寛大な私は許してあげた。この写真をもらう代わりにね」  ……いや、それは許されてないのではなかろうか……。  百目鬼が許しを乞うていたのは(そんな姿はなかなか想像できないが、おそらく明鏡寺先輩だけに見せる一面なのだろう)、写真を取り上げないでくれという意味なのでは……?  そんな風に思う俺だったが、それを指摘する気にもなれなかったので、胸の内に仕舞っておくことにする。  そして、ふと、俺はあることに気付いた。  そういえば、俺の眼鏡が誘拐された日――百目鬼は、無くし物をしていたとか、言っていたような気がする。もしかして、百目鬼の無くし物って……このことだったのか?  明鏡寺先輩のプロマイド写真。  ――確かあのとき、百目鬼はこんなことを言っていたっけか。 『俺がこの世で最も美しいと思っていて、それでいて壊すことができないものだ』  あのときはなぞなぞか何かだと思ったが、なるほど、さっきの明鏡寺先輩の話を聞いていれば、それは納得できる話だった。  たった一枚しかない美しい写真をいつか最高の壊し方で壊すために、今は壊すことができない。  あれは、そういう意味だったのだろうと推測できる。それに、百目鬼が具体的に何を無くしたのかを言わなかったのも、今ではわかろうものだった。  なんせ、物が物だ。  明鏡寺先輩が着替えをしている姿の写真を無くした、だなんて言えるはずもない。 「ところで、いつの間にか百目鬼くんの話になっていたが、彼の趣味嗜好について話すのはこれくらいにしておいて、そろそろ本命のプレゼントをきみに渡そうか」  そういえば、元々はそういう話だった。  あまりにも衝撃的な話だったので、すっかり忘れてしまっていた。  俺としては、さっきのプロマイド写真がプレゼントでも全然いいのだが。  そんなことを思っていると、明鏡寺先輩は、ポケットから新たな物を取り出し、それを机の上へと置いた。

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