ホランイの恋人
まどか このまちの話

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◆ まどか このまちの話  黒いアスファルトがところどころ、銀色にきらきらと光っている。  金属を加工する際に出る小さなくず、コーンフレークよりももっと細かく、くるくるとばね状に丸まっていることもあれば、ときには鋭く尖っている。たくさんの工場を行き来するトラックの荷台から日々こぼれ落ち、ほうきで掃いてもアスファルトの隙間に埋もれてしまって除去することが難しい。雨が降っても溶けることも流れることもなく、腐って植物の栄養になることもないそれは、このまちのあらゆる場所に散らばっている。  なんとか化成、なんとか金属、なんとか金型、なんとか製作所、なんとか精密、なんとかテック、工場の大きさはどこもほとんど変わらない。シャッターを開けた工場からは、加工中の金属の板や、フラフープより大きなコイル材がはみ出ている。作業着を着た社長兼工場長がお父さん、奥さんか娘が事務をやっている。  一階の駐車場になるようなスペースがなにかしらの加工場で、二階部分が住居。一家の主、イコール社長。町内における社長の数なら、ひょっとすると日本一になれるかもしれない。  まどかが昼間に務めている会社も、なんとかさんがやっていた工場が少し大きくなった中小企業だ。 金属片と油にまみれたこのまちの工場から、ロケットの部品が宇宙に飛び立つこともあれば、地雷を撤去するための刃物が海を越えていくこともある。  まどかが夜、働く店には、そんな工場のなんとか社長がたくさんやってくる。朝と夜ではまったく違う顔になる、まちも人も。  朝の八時前、まちはもう完全に動き出している。ドラッグストア横のローソンを通り過ぎ、もう一度、腕時計をチェックする。  今の時間ならまだ、ぎりぎり朝礼とラジオ体操に間に合うはずだった。工場長に「今日もぎりぎりセーフやな」と嫌味を言われながら愛想笑いをするのがルーティンだ。あまり早くに出勤すると工場長の日課まで奪うことになってしまうので、あえてゆったりと自転車を漕いでいる。十二時間後のまどかはもうすでに、本日二度目の出勤タイムカードを押しているはずだ。  トラック、ドラム缶、トラック。ときどきプレス工募集の張り紙、溶接工急募の張り紙、未経験の新人を一から育てる余裕のある工場はほとんどない。自分はプレス工である、自分は溶接工であると名乗れる人材が欲しいのだろう。ちかんに注意の張り紙、モデルの鼻の穴に画びょうを押し込まれた交通安全週間のポスター、雑草の合間に挟まったコンビニ袋、赤いスプレーで落書きされた緑色のフェンス。  細く張り巡らされた通りはどこもかしこも路駐だらけ、工場の前に積み上げられたパレット、一枚がちょうど、敷布団を半分に折りたたんだ程の大きさに統一されているパレットには、フォークリフトのフォーク部分がしっかりと刺さる穴がある。  その上に一つ数十キロもある金型を並べたり、商品を箱詰めした通函を積み上げて移動する。パレットはいわば運搬の土台となるものだ。木製であったり頑丈な樹脂製であったりとその素材は様々で、大人の身長より高くまで積み上げられたパレットは、巨大なジェンガのようにも見える。  赤やオレンジや黄色の鮮やかなフォークリフトを乗りこなす作業着姿の男たちは、自分の工場の前のパレットをどれだけ美しく、より高く積み上げられるかで、リフト運転の技術を競っている。  まちを貫く川にはコンビニのビニール袋や軍手が流れている。川沿いの空き地には、もう何年も前から、古いテレビや黄色く変色した冷蔵庫が捨てられたままになっている。  風向きによっては数百メートル離れた豚小屋から、強烈な匂いが漂ってくる。噂によるとそこの豚たちは大手食品メーカーの豚まんになる、エリート豚らしい。  通りがかりに「豚小屋くっさ!」なんて無邪気に言っている小学生の男の子たちも、すこし大きくなって豚小屋の豚が「あの豚まん」の豚だと知ると、もう何も言わなくなる。中学生以上になってなお、「豚小屋くっさ!」なんて言うのは新参者である証拠だ。  あの豚まんの豚、というのが本当かどうかは知らない。  パーカーのポケットに入れていた携帯がメールの受信を知らせ、何かに急かされるように携帯を取り出した。この着信音を聞くと全身に緊張が走り、口角がおかしな角度にぷるぷると震える。  先月まで一緒に住んでいた男が、とにかく短気で異常に嫉妬深い性格だったせいだろう。  正確には、出会ったときから彼がそんな性格だった訳ではない。きっとまどかがそうさせてしまった。それは変な自惚れではたぶんない。そもそもまどかという存在が彼を苛立たせ、彼が苛立つことに怯えるようになった自分の姿に彼が余計に腹を立てるという悪循環に気付くのが遅すぎた。彼の機嫌を取るため反射的に作り笑いをする日常が、口角の筋肉を発達させたのだと、まどかは思う。  彼は、メールの返事が遅れたり、まどかが電話に出ないことがあると、 「なにしとったんじゃコラしばくぞボケ!」  と、すぐに怒鳴った。彼に罵倒されることに慣れ過ぎて、ついには彼の怒鳴り声が独特のリズムを奏でて心地よいと感じるまでになっていた。 「何黙っとんねんコラ泣いたら終わると思うなよボケ、悔しかったら黙らせてみいこのカスが!」  コラとかボケとかカスとかそういうのはきっと、言葉の語呂をよくしたり、韻を踏んだりするためのものだ。憎しみから来るものではない。  アホと罵っていても決して彼は自分を本当にアホだと思っているのではないと思う、と女友達に打ち明けたら、真面目な顔で「アンタはよ別れえや」と言われた。  彼女に忠告されてからさらに半年、彼と一緒に生活したが、ついにまどかは彼の元を去ったのだった。  メールの送信者は彼ではなくオンマだった。  オンマが携帯電話を使いこなせるようになったのは最近だ。メールは『ありがとうな』の一行だけだった。なにかお礼をとわれるようなことをしただろうか、と考えてみたけれど、今朝オンマが家の前に出していた生ごみにネットをかぶせておいてあげたことくらいしか思いつかなかった。  カラスのくちばしで捲られないように、しっかりとゴミ袋の下からネットをぐるりと巻き付けておいたのだ。  オンマの家の生ごみは、下水処理場をアジトにしているカラスたちにいつも狙われている。きっとプラスチックなどの無駄なものが混ざっていない、良質な生ごみだからだ。  オンマが毎日欠かさず野菜や肉を切り、丁寧に分別をして、ごみの日を忘れることなく毎週フレッシュな生ごみを提供してしまっているのだから仕方ない。まどかだって同じごみを漁るなら、オンマの出した生ごみを漁りたいと思う。  オンマはまどかの母親ではなく、なか姉ちゃんの母親だ。  このまちにオンマやオモニと呼ばれている女性はたくさんいるけれど、まどかにとって『オンマ』は、なか姉ちゃんのお母さん、ただひとりだけだ。  たとえばこのまちのスーパーマーケットや道端で、中年の男の人がすれ違ったおばあさんに向かって、 「オモニ!ひさしぶりやんか!」  と声を掛けたとする。オモニはお母さんという意味だから、当然、親子の久しぶりの再会だと思う。  けれども実際にはそうではないことのほうが多い。  オモニと呼ぶ相手には、実の母親はもちろん、妻の母親や夫の母親も含まれる。  親友の母親もオモニだし、元彼女の母親もオモニなら、行きつけの立ち飲み屋のママもオモニ。  親愛なる誰かのお母さん。それがオモニだ。  オンマは小さな子どもが母親を呼ぶときに使う呼び名だから、よその母親にオンマと呼びかける人はいない。  まどかにとってのオンマはたったひとりだけ。だけどオンマは、まどかの本当の母ではない。  まちには『オモニ』とカタカナで書かれた看板の居酒屋がいくつもある。  韓国家庭料理ダイニング、カラオケ喫茶アリラン、ハンメ食堂、ハンメはハルモニ、おばあちゃんのことだ。「ばあば」や「ばっちゃん」みたいな感じ。   商店街にある居酒屋のオモニは、韓国語と日本語を織り交ぜて話し、マスターは大抵強面で、酔っぱらいの喧嘩をいつでも止めに入れるよう、わざとぴたぴたのTシャツを着て屈強な肉体を見せびらかし、違法の自家製マッコリを自慢する。  スーパーとキムチ専門店は大抵セットで、焼き肉屋はどこに入っても美味しいのだが、梨やにんにくをたっぷりとすりおろした特製の万能だれや自家製キムチを近所に配りまくるおばちゃんがそこらじゅうにいるため、焼き肉屋にわざわざ入るのは、まちの外から来た人ばかりだ。  昔、まどかの実の母親、ママはこのまちに、まどかひとりを連れて逃げるようにやってきた。  このまちがかつて、日本のなかの朝鮮とか、大阪の中の小さな済州とよばれていたことも、ママはきっと知らなかったし、小学校の転入手続きで『本名での入学を推奨します』と大きく記された用紙を渡されたときも、ママはただ、それをぴらりとめくりながら不思議そうに首を傾げただけだった。  ママとまどかの新しい城は、ユーフォ―キャッチャーのクレーンで掴めばどこへでも持っていけそうなくらい小さくて古く、しかしクレーンの振動に耐えられず空中で砕け散ってしまいそうなくらいおんぼろのアパートだった。時代に取り残されたとしか思えない外壁には、まるでパッチワークみたいに色とりどりのトタンがあちこちに貼られ、いくつかの窓にはベニヤ板が直接打ち付けられていた。  一階には声がやたらと大きくて足の不自由なおばあさんと、いつも同じジャージを着た中年の男が住んでいた。男のジャージは白に水色のラインの入った上下セットだったが、ひどい汚れのせいで黄土色の迷彩柄に見えていた。  洗濯しないのならせめて黒や紺のような汚れの目立たない色にすれば良いだろうに、男はまるで意地みたいに白を着続けていた。  夏は同じジャージのズボンに上はやはり白の、襟のくたびれた肌着を着ていた。白い肌着ももちろん洗濯はほとんどされず、両方の脇の部分が黄ばんでおおきな丸い模様を描いていた。  錆びついて穴のあいた外階段を上がって二階にあるのが、まどかとママの部屋、その隣には、近くの工場に出稼ぎに来ている若い外国人のお兄さん四人組が、一つの部屋に住んでいた。  休日には鮮やかな色の半ズボンに上半身裸で出歩く、隣のグエンさんやチャンさんは、月曜日の朝になるとくすんだ青の作業着を着て、自転車で一緒に出掛けて行った。四人は皆とても陽気で、いつも嗅いだことのない甘い香りをまとっていた。  ぼろぼろとこぼれ落ちて来る砂壁、小さな台所と割れたすりガラスの引き戸で仕切られた四畳の和室。畳は擦り切れ、歩くと茶色のとげとげしたものが靴下にぐさぐさと刺さり、あたたかくなるとどこからか台所に蟻の行列が出現した。和式トイレとタイルのお風呂は屋根の部分があとから取り付けられたらしく、なぜか透明なトタンで、かろうじて雨風はしのげたが、冬は極寒、夏は蒸し風呂みたいに暑かった。ベランダはなく、洗濯物は室内に干す以外なかった。どの部屋も、間取りはだいたい我が家と同じ感じだった。  のこりは空き部屋になっていたけれど、ママとまどかがここにきてからまどかが就職して家を出るまで、新しい入居者はついに現れなかった。

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