殺し屋と幽霊
ナカアキセツコと兄の恋人

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   ナカアキセツコが佐藤真奈美と話したのは半年ぶりだった。 「久しぶり。元気してた?」  バイト先へ突然やってきた真奈美にセツコの身体が固まる。そんなセツコを真奈美は無言で見つめて、テーブルへ案内するように促した。  思えば、真奈美と知り合ったのもこの喫茶店だ。もともと働いていたセイタから紹介されてセツコも手伝い始めたのだが、そのとき客として店に来ていたのが真奈美だった。  真奈美はセイタの大学の後輩でセツコより1つ年上となる。明るく社交的で、誰とでも良い関係を築けるタイプだ。けれども、真奈美といるとき、セツコはコミュ障の自分に彼女が話を合わせているようにも感じて、どうしても苦手意識が拭えなかった。 「セツコちゃん、まだここで働いてたんだね。オーナーはもう店に出てるの?」 「…まだ来るのは難しいので。だからほとんど私だけです」  セイタの死に一番ショックを受けたのは真奈美かもしれない。  病院から遺体を引き取った後、セツコは誰にも知らせることなく火葬した。その後にセイタが死んだ事実を聞かされた真奈美はただ「そうなんだ」と一言だけで電話を切って、それ以外に何も聞こうとしなかった。 「このお店には想い出がたくさんあるから…だから、セツコちゃんが続けてくれるのが私としてもうれしいかな」  真奈美は観察するかのようにセツコをじっと見つめる。 「セイタくんもそれが望みだと思うよ」  2人だけの店内に真奈美の声が響く。以前のように笑いかけることもなく、一定の調子で話し続けてくる。 「兄の気持ちが分かるんですか」 「わかるよ。恋人だったからね」  あくまで真奈美の声は穏やかだ。大人の余裕をもって、セツコを諭すかのように、あたかも正しい答えを知っているかのように語りかけてくる。    セイタとは生まれてからずっと一緒で、だから誰よりも彼を分かっていたと思っていた。しかし、それはセツコの一方的な思い込みだったのかもしれない。  真奈美が話すセイタは不器用で要領が悪く、それでも人の輪に溶けこもうと努力していて、そんなセイタを真奈美は支えていたという。年下だけれど包容力のある真奈美と不器用なセイタの組み合わせは想像すると意外と様になっていた。 「兄のことが好きだったんですね」  言葉が微かに震える。 「真奈美さんがそう思うなら、きっと兄も喜ぶのだと思いますよ」  思ってもいないことが口をついた。セイタの気持ちは誰よりもしっかり分かっているはずだったのに。 「なんで死んじゃったんだろうね」  ふと見るとテーブルのコーヒーは熱を失いつつあって、せっかく淹れたのに冷めてしまいそうだなと思ってしまう。 「きっとセイタくんが死んだのは理由があるんだよ」 「理由ですか?」 「そうだね。死ななきゃいけない理由」  不意を突かれて全身がこわばる。 「…どういう意味ですか」 「セイタくん、いろいろ話していたよ。セツコちゃんのこと」  ちょうどその時、スーツ姿の男性客が店内に入ってきたのに気付き、セツコは「すみません」と伝えてその場を離れた。    真奈美はセイタの死が人為的なものであるような言い回しをする。彼女なりに愛していたからこそ、セイタの死を受け入れるためにも理由を知りたいのだろう。  だからセツコが事情を話しても理解しないだろうし、納得することもない。彼女には彼女の為の『真実』が必要なのだ。  男性客にアメリカンと玉子サンドをセツコが出すのを見届けると、真奈美は席を立ちレジへ向かった。 「警察も不審に思ってるみたいだね」  真奈美は柔らかな笑みを浮かべたまま、密やかにつぶやく。もう敵意を隠す気もないのだろう。セツコが俯いたまま会計を済ませると、真奈美もそれ以上に言葉を発することなく店を出て行った。  結局、コーヒーは手を付けられず、テーブルに放置されてすっかり冷たくなっていた。中身を洗い場に流してカップを洗う。真奈美は警察を口にしていた。セイタの突然死について警察は事件性がないと判断したと思っていたけれど、事情が変わった可能性も否定できない。  ぼんやり考えていると、スーツの男性客もレジに向かってきた。 「玉子サンドはいかがでしたか」  気が抜けていたたため慌てて取り繕う。幸い男性客も気分を害した様子はなく、2人でチーズ入り玉子サンドのこと等を話しているうちに、また胸が詰まった。    もし警察に逮捕されたら刑事裁判を受けることになるだろう。一般人から選ばれた裁判員と裁判官が事件を裁くのだ。  こういうとき真奈美なら「事件と向き合って罪を償いなさい」などと言いそうだ。  なぜ刑務所に入ってそこで過ごすことが罪を償うことになるのか。そもそもセツコとセイタの関係や動機なんて見ず知らずの他人が理解できるとも思えない。きっと最後にはワイドショーで流れるような兄と妹のトラブルとして理解されて反省を促されるのだろう。  それはまるで第三者に『セイタの死』を希釈化され、全く別物となったものを心の最深部に押し付けられるようで、セツコにとって不条理な暴力以外の何物でもなかった。  真奈美が口に出す以上、既に警察が動いているかもしれない。けれども、自首という選択肢もない。責任があるというならば、セツコがそれを果たす相手はセイタと自分自身しかいない。  店を閉めると既に日が落ちて、路地はすっかり暗くなっていた。  点在する街灯は帰り道を優しく照らす。淡い光を歩く中、セツコはセイタと過ごした子供時代の夜を思い出していた。

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