妖精の尻尾
店長【3】

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 エドワードはそこで回想を終え、息を吐いた。  以上が、エドワードがこうして妖精の尻尾で働いている切欠であった。あの後、エドワードの母は医師の診断により数日の安静を言い渡され、その隙を見て、エドワードは契約通り、彼の店で働き始めたのだ。店長が契約内容を両親に伝えることを拒んだため、勿論エドワードが働いていることは秘密である。    しかし、全てを秘密にしておく訳にもいかず、エドワードは家ではあの出来事が切欠で知りあった『友』の元に毎日遊びに行っていることになっている。両親は、エドワードに『友』ができたことを喜んだし、母を助けた行動から彼が博識な良家の子息だと結論付けていたので、エドワードが家庭教師の授業をさぼって出掛けて行くのも大目に見てくれた。そして何より、エドワードは、いつもは飄々としている店長のことを、態度に現さないまでも尊敬している。その店長が、本当に自分のことを気に入ってくれているのだとすると、嬉しいことに変わりはない。しかし、今思い返してみても、店長に気に入られる要素がどこにあったのかわからない。  それでも、傍らでエドワードの話を聞いていたディランは納得したように手を叩いた。 「なるほど、な。兄貴が、お前を店に迎えるわけだ……」 「一人で納得しないでください。僕にはさっぱりわかりません」  エドワードが唇を尖らせて、恨めしそうにディランを見やると、 「お前は、兄貴に似ているんだよ」  とディランは尚更わけのわからないことを口にする。 「僕が? 店長に?」  エドワードは確かに店長を尊敬しているが、ディランの言葉からは褒められているような感じはしない。むしろ、そこから感じられるのは、どこか寂しそうな色だ。それはすなわち、自分の知り得ない店長の秘密が関係しているのだろう、とエドワードは思う。 「あなたは、何を御存じなのですか?」 「お前が聞きたいことの多くを……」 「だったら、教えてください。僕だけ知らないのは不公平だ」  エドワードは、テーブルを倒さんばかりの勢いで身を乗り出したが、ディランは首を横に振った。 「それは俺から話すべきことじゃない」 「なぜですか?」 「お前が、兄貴の友でありたいと望むなら、兄貴自身がお前に話して聞かせるべきことだ」  そこで、ディランはふいにエドワードから視線を外し、 「なあ、そうだろ、兄貴?」  と店の入り口へ目を向けた。  ちょうど店の入り口を背に、ディランと向かい合わせで座っていたエドワードは、その言葉に、テーブルに手を突き、反射的に立ち上がった。足にぶつかりバランスを崩した椅子が、木製の床に倒れ乾いた音を挙げたが、エドワードには気にする余裕はない。ドアを振り返ったエドワードが目にしたのは、髪を雪でしっとりと濡らした店長の姿であった。どうやら話に気を取られるあまり、ドアに備え付けられたベルの音に気付かなかったらしい。  ディランとの遣り取りをどこまで聞かれたのかわからなかったが、エドワードは言うべき言葉が見つからずに、唇を噛んだ。沈黙のままじっと自分を見据える店長の目に、居心地の悪さを感じて、エドワードはそのまま俯いた。けれど、離れて立っていたはずの気配が近付いてくるのを感じて恐る恐る顔を上げる。手を伸ばせば届く距離に店長がいる。 「店長……」  エドワードが思わず呟けば、いつもの態度、いつもの声音で、店長が口を開く。 「帰りが遅れてすまなかったね。帰り際に、知り合いの医師せんせいに捉つかまったものだから。留守中変わりはなかったかい?」  そのいつもと変わらぬ態度が、エドワードにはひどく堪えた。まるで、それ以上関わることを許さないような感覚さえ覚えてしまう。それでも、そこでそれを認めてしまえば、知る機会を失ってしまうのは明白だった。エドワードが不安そうに、後ろのディランを見やれば、彼はエドワードを励ますように強く頷いた。それが後押しになって、エドワードは言葉を選びながら口を開く。 「ディランさんが、知らせを持ってきてくれました。妖精王が代替わりするから店が潰されてしまうかもしれないと。でも……」 「でも?」 「それ以上に、僕は不安なんです。僕が店長のこと、この店のことを全然知らないのだということを知りました。ディランさんが知っていることを僕は知らない。店が潰されてしまうかもという時に僕にはなにもできない。僕には、僕がここにいる意義がわかりません」  最後の方を早口に言い切って、エドワードはぎゅっと拳を握った。こうしないと、感情のたががあの日のように外れてしまいそうだ。店長は真っ直ぐにエドワードを見つめて視線を外そうとしない。それが辛うじて、エドワードの感情の決壊を抑え込んでいるようでもあった。  そのまま視線を交差させ、エドワードは店長の言葉を待った。 「ディランが、エドワードは俺に似ていると言っただろう?」  その言葉に反応して、後ろでディランが動く気配がする。それに釣られて先程ディランが口にしていた言葉を思い出し、エドワードは頷いた。店長は随分前から、ディランとの会話を聞いていたらしい。そんなことを思いながら、エドワードは素直な思いを口にする。 「でも、僕には自分が店長に似ているなんて思えないんです」 「……エドワードがそう思っているだけさ。実際、エドワードは俺に似ているよ。だからこそ、俺はあの日、エドワードを助けたんだ」  店長自身の口から語られたその言葉は、エドワードにとって、思ってもみないものであった。

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