妖精の尻尾
配達業者【1】

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 その日、エドワードは用事があったためいつもより三時間ほど遅れて店にやって来た。 You can get anything from socks to fairy's scales.  (靴下から妖精の鱗粉まで何でも揃います)  そのプレートが表になっていることを確認して、店のドアを開ける。すると、いつもの薬草と油の匂いに混じって、甘い花のような香りがエドワードの鼻をついた。続いて目に飛び込んできたのは、商談用の丸テーブルの上で繰り広げられている小さなお茶会である。さほど大きくもない直径一メートルほどのテーブルの上に、店長愛用のティーセットと籠に入ったスコーン、小さな透明なガラス容器に詰められた黄金色に輝く蜂蜜が並べられている。そのテーブルを囲んで楽しそうに談笑しているのは、店長と―― 「ニーヤさん、いらしてたんですか」  ジンニーヤーであった。エドワードが彼女の名を呼ぶと、ニーヤはまるでテーブルの上の蜂蜜を溶かしたような甘い笑みを浮かべた。 「おお、エドワード、やっと来たか」  ニーヤはパチンッと指を鳴らし、何処からともなくもう一脚椅子を出すと、エドワードをそちらに促した。 「まあ、座れ」  エドワードは手袋とマフラーをコートのポケットに詰め込むと、コートを脱ぎ、傘立てと共に入口脇に置かれた洋服掛けにそれを掛けた。そして、促されるまま席に着くと、店長がポットから熱い紅茶を注いでくれる。花のような香りが湯気と共に立ち昇り、琥珀色の液体が白い磁器のカップに並々と注がれた。 「ミルクはいるかい?」  店長の問いに頷くと、たっぷりとミルクが注がれる。店長はソーサーにカップを置き、蜂蜜の容器を添えて、エドワードにそれを差し出した。 「ありがとうございます」  エドワードは礼を言ってそれらを受け取ると、蜂蜜をすくってミルクティーに溶かした。スプーンの作った波紋が収まらないうちに、カップに口を付けると、冷えた身体が中からぽかぽかと熱を持ち始める。蜂蜜の帯びた仄かな薔薇の香りとまろやかな口当たりがエドワードをほっとさせた。 「おいしい」  自然ともれた言葉は心からのものだ。 「だろ? 君が居ないと聞いて怒ったニーヤをころりと黙らせたくらいだからね」  と店長が苦笑を浮かべる。つい先日、エドワードもニーヤの怒り様を見ているだけに店長の言いたいことは理解できた。食べ物の力というものは偉大だ。ひとの心を一瞬にして変えてしまう。 「ところで、ニーヤさんは僕に何の御用だったんですか?」 「いや、用と言う程の事じゃないんだが、近くまで来たものでな……」 「よく言うよ。近くまで来たも何も、君の家はすぐそこの借家だろ?」  店長の言葉にエドワードは首を傾げた。ニーヤの住処はあのランプだと思っていたが、どうも違うらしい。 「ニーヤは狭所恐怖症だからね。昔は確かにあのランプに住んでいたけど……。壺に閉じ込められた仲間の話を聞いてから、どうも、あの中は居心地が悪いらしい。気に行った場所を見つけて部屋を借りているのさ」  へえ、とエドワードが納得したように呟くと、ニーヤと目が合った。ニーヤは恥ずかしそうに頬を染め、顔を背けてしまう。誤魔化すように蜂蜜を付けたスコーンをほおばる姿は、とても短気で怒りっぽいジンには見えない。  その姿に半ば茫然と見惚れていると、 「すっかり、気に入られちゃったね、エドワード」  と店長から声が掛かる。 「てっきり本を受け取りにきたとばかりに思ったんですが……。これで良いのでしょうか?」 「良いもなにも、契約書を君に預けているのは彼女の意思だし、特に用もないのに君に会いに来たのも彼女の意思だからなあ。それだけ、君が彼女に気に入られているってことだよ」  そう言いながら店長は、自分のカップに新しくお茶を注いだ。 「そんなことよりエドワード、君、蜂蜜を扱う業者に知り合いはいるかい?」 「えーと……家の出入りの業者はいるかもしれませんが、個人的には覚えがないです」  エドワードの答えに、店長は紅茶を一口飲んで唇を湿らせると唸り声を上げた。その声に、ニーヤも興味深げに顔を向ける。 「なんだ、アヴィー、蜂蜜がどうかしたのか?」 「この蜂蜜、薔薇ローズ蜂蜜ハニーなんだけど、これを届けてくれた子がエドワードは来ていないのかって、尋ねてきたんだ。可愛らしい赤毛の女の子だったよ。歳はエドワードと変わらないくらいだったから、知り合い《ともだち》かと思ったんだけど……」  赤毛の女の子――記憶を辿るが、そんな知り合いエドワードには思い当たる節などなかった。

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