「挑戦者、律夏が乱入」 「誰が挑戦者だ」 ゲームのやり過ぎと思いつつも、律夏は不敵に笑んで見せる。 「チャンピオンの座。すぐに引きずり下ろしてくれるわ」 「かかってこいやぁー!」 使用するバターの量は琴音と同じ、三分の一。 溶き卵も一緒。 残すは、技術のみ。 動作としては途中までほぼ同じだが、仕上げの手前で律夏は火を止めると卵をボールに戻し、用意していた泡立て器で素早く混ぜ始める。 「くっ。やるわね」 技法は知っていたらしく、琴音は顔を歪めた。 カチャカチャ、カチャカチャ。 半熟手前だったが、余熱で火が入ったことでとろりとした半熟に仕上がると、琴音の平らな皿とは異なり、律夏は少し深い皿に移し替えた。 「どうかしら?」 「ホ、ホテルみたいです」 敗北宣言。 とまではいかなかったが、よほど悔しかったのか琴音はスプーンでつまみ食いをすると頬を緩めて手を添えると、ハッと悔しげな表情できぃーっと声を上げた。 「ふふふ。作る量も作ってきた年数も違うのに、クオリティーが一緒なはずがないでしょう?」 悔しげな琴音を横目に洗い物をするが、得意げとは違う口調で諭す姿はまるで子供を持つ親。 下に兄姉がいる長女は大変だなと、姉妹で育った琴音でさえ感慨深く頷き、取り乱した痕跡をパッパッとたたき落とし、先に拭いていた皿たちを棚に戻し始める。 「積極的でよろしい」 「お母さんには頭が上がりません」 「誰がお母さんだ」 時刻六時半。 自宅ではご飯かなと隣家を見つめ、律夏は炊きあがったホカホカの土鍋の湯気に鼻腔をくすぐらせれば、隣家で夕食いただきますと、しゃもじを握った。 「よろしく、お願いいたします」 茶碗を三個持った琴音から一つずつ受け取り、三個目を恭しく奉った。 「私がいただいても、よろしいのでしょうか?」 「当たり前じゃないですか。労働の対価をご存じですか? 働いたら働いた分のなにかを貰う。料理を作っておいてもらって、さっさと帰れ! なんて、わたしにはとても、とても言えませんよ」 「急に大人が出てきた」 艶やかなご飯を前に吹き出したい衝動を抑え込み、律夏は震えながら茶碗を琴音に渡した。 ダイニングに並んだおかずと炊きたてのご飯。 二人は顔を見合わせ微笑み、美桜を起こして宴の時間と頷き合った。
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