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しかしある日のことだった。 食料の調達から帰ってきたヒューが、異様な様子をしていたのだ。 「早くここから逃げないと、」とヒューは言う。 「あいつらに殺される。」 「あいつらってなんのことだ?」とロバート。 「名伏しがたいものだ!俺を殺そうとした!」と、ヒューは目を血走らせながら叫ぶ。 「早く逃げるんだ!」 と言っても、ロバートとロビンソンは信じなかった。 「落ち着け、ヒュー。この星中を探索してみて、危険な生き物はいないとわかったじゃないか。」とロビンソン 「そうだ、ヒュー。それに、ここならどんな敵が来ても追い払えるだろう。籠城するにはうってつけだしな。」ロバートもまた、そう言った。 しかし、ヒューはその話を聞かないのである。 「のんびりしているうちに殺されちまう!早く逃げなくちゃ。俺一人でも行くぞ。」 ロバートとロビンソンは、錯乱しているヒューの手足をベッドに縛り付けた。ついでに自殺しないように、猿轡も噛ませた。 「何がヒューに起こったんだろう、あんなになってしまって。」とロビンソンは心配した。 「わからないが、俺たちにわかることはただ一つ、これからはヒューの作る上手い飯は食えなくなるってことだ。」ロバートは、疲れたロバの歩調のような調子で言った。 次の日二人はヒューの代わりに食料を調達し、料理をした。しかし、食料調達はともかく、料理は二人とも苦手である。結局、極端に不味くもないが、どこか味気ない料理が出来上がった。 朝ご飯と救助通信機のチェックが終われば、二人はヒューの介護をしなくてはならなかった。声を掛けながら拘束を解き、排便と食事をさせてやる。 「ヒュー、大丈夫か?”奴ら”なんて来なかったよ。なんでかわかるか?いないからさ。」 ロバートはそう話しかけながら、ヒューの拘束を解く。昨日夕飯を食べ損なっていたヒューは、ガツガツと、味気ない朝ご飯を貪りながら、それでも持論を崩さない。 「見たんだ!まるで悪魔のような奴らだった。そして、俺の心臓をえぐり出そうとしたんだ!」 「そうかね。」 ロバートは陰鬱な表情で答えた。彼は何回か異星に行ったがために発狂した者を見てきたが、こいつは筋金入りだぞと思い始めていた。 「疑ってるのか?見ろよ!奴らの羽根の一部だ!」とヒューが出してきたのは、なんてことのないボロ切れのひと端。 もはやロバートの診断によれば、ヒューは完全に狂っているとしかいいようはなかった。 しかし、ロビンソンはハッとした。いつだか、小説の中でだが、その布がまだ布として機能していた頃、彼は、その布を羽根として這い回るゴキブリの幻想を書いたからだった。 その布はパラシュートの布だ。三人が不時着する時に使った。 しかし、ゴキブリは人間のいるところ、どこにでも付いてくる。だから、パラシュートの羽がゴキブリの羽根だった方が、ロビンソンには納得がいったのだ。ロビンソンは、ゴキブリは人間の持ち物のふりをして人間の来る所どこにでも行き、そうして増えるのだという妄想を小説にした。 まさか、とロビンソンは思う。あれをヒューが読んで、おかしなイメージを無意識のうちに抱きつづけて発狂したのではあるまいか?しかし、ヒューはロビンソンを馬鹿にする以外の目的で小説を読んだことはなかったし、そういう読み方をすれば記憶に残る確率は低い。 だが、現にヒューは着地時のパラシュートの端切れを悪魔の羽だと言い、暗闇に蠢いているのであろうそれに怯えていた。 「悪魔だ、悪魔だ!俺たちみんな食われちまうよ。早く逃げなくちゃ。」 ロバートとロビンソンは溜息をつき、再びヒューをベッドに拘束した。 「クレントン、悲しいが、俺たちはヒューを見捨てるしかない。」と、その晩ロバートは言った。 「ここは精神病院じゃないんだ。ヒューを自由にするか、必要なら射殺しなきゃいけない。」 「そこまでしなくても…」とロビンソンは思った。 「いいか、ああなったら、容易には治りゃしない。一週間様子を見て駄目だったら、もう駄目だ。」 その晩、ロビンソンは気を重たくしながらヒューの世話をした。体を(拘束したままだが)拭いてやり、猿轡を外した。 ヒューは目をギラギラさせながら訴えてくる。 「化け物が来る!早く逃げなくちゃ、だめだ。なぜお前はのんびりしてられる?証拠を見せたろうが!このうすのろ!」 更に、こうも言った。 「本当はな、俺はお前の書く物語を、少しは面白いと思っていたんだ。俺もロビンソン・クレントンみたいに、何か書けたらなってな。でも俺には、なんのアイデアも湧かない…多分、才能がない。それでお前が、羨ましかったんだ。嫉妬さ。ああそうだとも。俺の了見が狭いんだ。冥土の土産に教えてやる。どうせみんな、ここで死ぬんだ。」 ロビンソンは自分が羨ましがられていたことが、かなり意外だった。 「ヒュー、お前は旨いまかないが作れるのに、俺の下らない文才まで欲しがったのか。それは、欲張りじゃないか?」と思いつつ、なんでもいいからヒューの心を落ち着けるものを探していた。 やっとウィスキーの瓶を見つけて、ヒューの口へ突っ込んだ。 「ヒュー、いいから早く普通に戻れ。ぐずぐずしてるとロバートがお前を見捨ててしまう。俺一人じゃ、あんたの世話は無理だ。」 ヒューがぐでんぐてんになるまで飲ませて、ロビンソンは彼を眠らせた。

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