好きを大事にするには勇気がいる。メイド服姿の新藤亜希はそう思う。ただ好きだからそうしたい。言葉にすれば単純で。そして深い意味や理由はない。でも、好きを貫きとおすには、そういったことは関係がないらしい。 新藤亜希の普段着はメイド服だ。19世紀末頃のイギリス、ヴィクトリア朝時代の家政婦のエプロンドレス姿。早い話が、メイド服姿。確かに少数派という意味では普通ではない。でも、その恰好が可愛くていいと思い、したいと思った。理由はそれっぽっちで深い意味はない。だから、メイド服を着ている。そんな単純な理由。 ただ、メイド服姿が可愛いと思い、その姿をしたいと思った。ただ、好きだからだ。でも、世間はそんな気持ちなどお構いないで、異端のレッテルを亜希に貼り付け、変わり者の烙印を押し付けた。 だから、新藤亜希は思う。好きを大事にし、貫くとおすには勇気がいる。そして、だから、そんな変わり者の私を受け入れて、許容してくれる人たちは大事に大事にしよう、味方だから。 メイド服の新藤亜希はそう思っている。そして、これはそんな少し普通とは違った好きを大事にしている女の子の日常のお話。 ……… メイド姿の新藤亜希には両親がいない。数年前に交通事故で父親も母親も、両方この世にお別れを告げた。そして、今は両親が残してくれたマンションの一室で、少し年の離れた高校教師の姉と二人暮らしをしている。 亜希は毎朝お寝坊さんだ。9時ごろに自室のベッドで目を覚ました時、教師の姉はすでに出勤しており、家のマンションには一人っきりだ。寝ぼけまなこをこすり、欠伸をしながら起き上がり、歯を磨いたり顔を洗ったり身支度をすまし、好きな恰好、メイド服姿になる。その恰好になると、スイッチが入ったように意識が切り替わり、寝起きから仕事モードに切り替わる。まあ、別に切り替わっても、そのまま仕事というわけではないのだが…。高校を卒業して、現在は現状フリーターの亜希にも、すぐにバイトの仕事があり、仕事場のカフェに出勤しなけらばならない。そして、その準備と、仕事から帰ってきた姉のために、夕食の準備をしておかなければならない。軽く息を吐き、意識を切り替えると、亜希は台所に行き、まずは冷蔵庫を開けて、食材のチェック。ざっと中を確認し頭を働かす。おかずは、この前に作った鶏ハムが残っているので鶏ハムを使ったサラダでいいだろう。後は…。 「うん、豚汁を作ろう」 冷蔵庫の残りを確認して、亜希はそう呟いてスーパーのパック詰めの豚バラ肉を手にとり微笑んだ。
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