まずはハッシュドビーフを一口。楓はトレーに乗せられていた木製のスプーンでハッシュドビーフをすくい口に含んだ。 最初に感じたのは火のはいったトマトが出した甘味。いや、じっくり炒めた玉ねぎの甘味もあるのかもしれない。それら素材の味を調味料の酒と醤油が引き出し、ハッシュドビーフと聞いて想像の外だった味噌が絶妙な味を作りだしていた。 「おいしい…」 「…ありがとう」 思わず、そういうとメイドが少し照れたように笑い感想の礼をいった。亜希はそう言いながら、ハッシュドビーフを作っていたフライパンを流しにいれ、たまっていた洗い物をするようだ。一生懸命働く同世代の女の子を見ながら楓は頬杖をつきながら、二口目のハッシュドビーフを口に含む。 店内ではJAZZをBGMにゆったりとした時間が流れている。このカフェははっきり言って書き入れ時は夜だ。夜は仕事上がりのサラリーマンや大学生の合コンの場などになり繁盛している。楓が初めてこの店に来たのも夜だった。 はっきり言って、日替わりメイド料理ランチセットは余裕があるからできることだ。メイドの亜希の料理はおいしいが、ある意味練習メニューである。さらに、亜希が料理に集中している間、給仕がもう一人のバイトの女の子だけになるので、仕事上の効率を考えたら、正直褒められたサービスでははっきりいってないかもしれない。 でも、こうしてのんびりと料理を味わいながら、洗い物をしているメイド―亜希を見ていると効率的ではないからこそ、得難い贅沢を味わっている気分になってくる。 前に話した時に亜希は言っていた。将来どうするかはわからない。でも、こうやって働いていたら、確かに前に進めている気がする。だから、頑張って働く、と。 楓は軽く伸びをした。このメイド―同世代の女の子に置いて行かれないように、自分も一歩ずつ前に進んでいこう。そのために、まずは腹ごしらえだ。 そう思い、楓はハッシュドビーフをまた一口口に含んだ。 「…おいしい」 その言葉にメイドが嬉しそうに微笑んだ。今日は良い午後だ。そう思って、楓はスプーンを動かした。
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