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 窓の外は相変わらず、晴れていて、乾燥した風が強く吹いている。今日の天気予報では西高東低の冬型気圧配置と言っていたので、その通りと言うことになる。昼食の時間になったので、まりあは戸棚からカップ麺を取り出し、湯を沸かした。彼女の頭の中は、息子たちのことでいっぱいだった。 (あの子たち、あの人の前でわがまま言ってないかな? 風邪ひかずに帰ってこられるかな? あの人に優しくしてもらえてるかな?)  そう心で思いながら過ごす休日は、読書にも集中できず、もどかしいものになった。朝から掃除機をかけて、散らかった部屋も片付け、清々しい気持ちになったのも束の間のことだった。積読になっている本を読んでいこうと思ったが、物語に集中できない。どうしても、翔太と悠太のことが気になって仕方がない。  そうこうしている間に、湯が沸いた。カップ麺に湯を注いで五分待つ。待っている間に 「あっ、今日大学のときの友達とリモートでお茶するんだった」  と思い出して、無自覚に声に出した。カップ麺を食べ終えると、冷蔵庫の中を開け、お茶会に相応しいお菓子があるかどうかを確かめた。冷蔵庫の中には子供向けのプリンやヨーグルトしかない。まりあは少々面倒ではあったが、コンビニに行ってスイーツを買うことにした。 「久しぶり、元気だった?」 「おかげさまで、こっちは元気にやってるよ。そっちはどうなのよ? まりあ」  美咲が尋ねると、まりあも 「こっちは息子たちと三人で仲良くやってるよ」  と仲の良さをアピールする。 「やっぱり離婚して正解だったね。結婚してるときのまりあは、何か我慢してるみたいで、見てられなかったもんね」 「だよね、あのときはさあ……」  まりあが言おうとしたときに、 「あ、智美が入ってきてる。今から入室許可するね」  とこのお茶会の主催者である美咲が言った。 (便利になったなあ、ビデオ通話が手軽に画質よくできるんだから。でも、機械に弱いからほとんど美咲任せだけど)  しみじみとまりあは思った。昔からイベントを企画するのが好きで、大勢の人とわいわいしたがる美咲らしいなとも思った。元々はビジネス用のミーティングに使うツールだったのが、一般にも広がり、新型ウィルスが蔓延していることもあって、リモートで飲み会やお茶会を開くことが流行になりつつある。智美も、 「わー、すごい! みんな元気だった?」  と美咲と同じように挨拶する。そして、先ほどのまりあと美咲のやり取りと同じようなものが繰り広げられるのだ。  3人が揃ったところで、お互いに飲み物とその日のお菓子を見せあう。まりあはルイボスティーとコンビニで買った話題になっているシュークリームだ。ルイボスティーを入れるために、茶葉とガラスでできたティーポットを食器棚の奥から取り出してきた。ちゃんと、”映え”も考えてのことだった。 「あー、そのシュークリーム、新商品だよね。今朝のテレビでやってたやつだ」 「そのティーポットかわいいよね」  口々に言っていたが、皆考えることは同じで、美咲も智美も見栄えのいい器に飲み物を入れ、美咲はお取り寄せのバームクーヘン、智美はフルーツのたくさん乗ったケーキをそれぞれ用意していた。そこでマウントを取るわけではないが、まりあは正直言って、 (負けてるな)  と思いながら、その大きな1個のシュークリームを眺めた。そして、それぞれに、 「美味しそうなバームクーヘンだね」  とか、 「フルーツが乗ってて映えるよね」  などと、まんざらお世辞でもないような褒め言葉を並べた。  三人が出会ったのは高校の時だった。高校二年の時のクラスが、結束力が強く、体育祭や文化祭のクラス合唱も一丸となって進めていった。その中でも、まりあ、美咲、智美の三人はいつもつるんで遊んでいた。どこへ行くのも一緒で、高校を卒業してからもこの友情は永遠に続くと本気で思っていた。しかし、時とは残酷なもので、別々の大学に進学した三人は次第に疎遠になり、ほとんど連絡も取らなくなってしまった。三人が再び出会ったのは、高校を卒業してから五年経った時の同窓会だった。お互いが出席していることを知らず、出会って意気投合し、その場で次回の飲み会の予定を決めてしまった。その当時は三人とも独身だったが、まりあと美咲は結婚と出産を経て、現在に至っている。その間も独身時代の飲み会がランチ会になったり、お茶会になったりしながら、月一回くらいのペースで交流が続いていた。しかし、新型ウィルスの流行で、会うこともままならなくなり、今回リモートで会うのは半年ぶりと言うことになる。  一通りそれぞれが近況を話した。美咲は 「最近、夫が妙に優しいんだよね。今まで家事を手伝ってって言っても、全然やろうとしなかったのに、子供のお風呂に進んで入れたり、皿洗いをしたり……何か下心がありそうで怖いんだよね」  と言った。また、智美は 「体調が悪いのか、この間職場で倒れちゃって、一日職場の医務室で寝てた。今度病院行こうと思うんだ」  と呟くように話した。まりあはそれぞれに心配や共感の声を上げた。そして、まりあが近況を話す番になった。 「私は最近恋してるかな」  と最初に話した。これには美咲も智美も色めき立った。 「えっ、恋ってどういうこと? まさか結婚するの?」 「私はまだなのに、ずるいよー」  智美に至っては焦りからか、声が上ずっていた。 「智美はこの前ランチしたときに、『私は一生独身で生きていくんだ』って言ってたじゃない」  そのようにまりあが言っても、 「いつの話よ。今はフリーだから、婚活してるくらいだよ」  と智美は呆れたように言い返した。さらに美咲から 「恋って、誰に恋してるの?」  と聞かれたので、まりあは言った。 「職場のバイト君。相手はまだ学生だけどね」 「なーんだ、学生か、そしたら恋じゃなくて母性愛が働いただけじゃない」  美咲は白けてしまったようで、それからあまり食いつきを見せなかった。その代わりに、智美がその話を広げたがった。三人とも恋の話には飢えているのだが、この温度差は既婚と未婚の違いなのだろうかとまりあは思った。 「私は、まりあを応援してるからね。いつになってもいいから、結ばれなよ」  と智美が言うと、 「何言ってるのよ、まりあは目の保養として、そのバイト君に恋をしてるだけ。それに、仮にまりあが本気になって追いかけたところで、子持ちのバツイチ女なんて、バイト学生が相手にするわけないじゃない」  多少の諦観をもって、美咲が話した。そんな風に言われると、まりあはムッとなってしまう。 (確かに目の保養みたいなところはあるけど、ちょっとは救いのある言い方してよね。まるで身も蓋もないじゃない。まあ、それが美咲らしいんだけど……)  その一方で、智美には (智美はちょっと夢見がちかな、多分、私たちが結ばれることはないから変に期待させないでもらいたいな)  とも思っていた。しばらく自分の思いに耽っていると、美咲と智美が言い合いを始めていた。 「そんなことだから、美咲は旦那とうまくいってないっていつも愚痴ってるんだよ。冷めた目で物事を見過ぎ」  と智美が言えば、美咲も負けずに、 「あんただって、夢みたいなことばっかり言ってるから、いつまでたっても結婚できないのよ。もっと現実を見なさい。歳の離れたカップルは話が合わないしダメだよ」  と言い返す。まりあは慌てて、仲裁に入る。 「ちょっと、せっかく久しぶりの再会なのに喧嘩しないでよ。お互いの意見は分かったから……」 「まりあはどう思ってる訳よ」 「そうよ、歳の離れた相手と離婚してるあんたの意見が聞きたい」  智美と美咲につつかれて、まりあはタジタジになってしまった。 「私だって、好きで離婚した訳じゃないもん!」  その場の空気が凍り付くのが、目からも耳からもハッキリと分かった。 つづく

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