マリア〜シングルマザーが仕事先のバイト学生と恋に落ちたら〜
第2部 第6話 息子の父親、そして元夫

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 子供たちに揺すられて、まりあは目を覚ます。今日は仕事が休みの日曜日なので、ゆっくりしたいところだが、子供たちが許してくれない。 「ねえねえ、起きてよ。お腹空いたよー」  翔太の声がする。悠太は悠太で、 「今日はお父さんと遊びに行くからさあ……」  と早く起きたい理由を語ってくれるが、”お父さん”というフレーズが出た瞬間に、翔太が厳しい表情で、「しー」と言いながら人差し指を口の前に当てる。 (翔太ったら、あの子なりに気を遣ってるんだなぁ)  まりあはそう思いながら、ムクっと起き上がる。今日は翔太と悠太が彼らの父親、すなわち、まりあの元夫に会う日なのだ。どうやら、魚釣りに行く約束をしているようで、子供たちがワクワクして早起きしたという次第である。 「ほら、朝ご飯用意するから、パンとココア用意してくれる?」  まりあが言うと、二人とも台所へ駆けていった。その間にまりあは上着を羽織る。朝起きるには、辛い寒さだ。  台所では、翔太と悠太が棚からパンを取り出し、冷蔵庫からは牛乳とココアの素を出してきた。そして、三人分のマグカップに牛乳を入れる。いつもは喧嘩が多い兄弟だが、今日は分担して手伝いをしている。そこにまりあがやってきた。 「あんたたち、今日は喧嘩しないで手伝えてるじゃない。後はやっとくからテーブルを拭いておいてくれる?」  そのようにまりあが言うと、兄弟は布巾を持ってテーブルを拭き始めた。しかし、 「兄ちゃん、全然拭いてないじゃん。そこ拭いてよ」 「さっき拭いたよ。悠太こそ拭くのが遅いんだよ」  と言った感じで、言い合いを始めてしまった。まりあはそれを察知して、 「また喧嘩してる。さっき仲良くやってるって褒めたらこれなんだから」  と怒り口調で、二人を制した。 「そんなこと言ったって、兄ちゃんが……」 「そんなこと言ったって、悠太が……」  翔太と悠太がシンクロするように言う。 「はいはい、朝ご飯できたよ」  兄弟の喧嘩を遮るように食事を置いたまりあは言った。二人は喧嘩をやめ、「いただきます」の掛け声とともに黙ったままパンを食べ始めた。そのうちに悠太が、 「兄ちゃんのパンおいしそう、分けて」  と言い出したので、翔太は 「仕方ないなあ。半分分けてあげるから、そっちのも半分ちょうだい」  と言い、パンを半分ちぎって悠太に渡した。悠太も自分のパンを半分に分けて、翔太に渡した。兄弟喧嘩は収まったようだ。まりあはその様子を見て、 (翔太には頭が下がるね。喧嘩もだいぶ減ってきたし、翔太が大人になってきたって感じかな。あとで、翔太の愚痴も聞かなくちゃ)  と思わずにはいられなかった。  兄弟はあっという間に朝食を終えると、自分から進んで歯磨きをし、着替えをした。まりあは思わず、 「普段からそんな感じだと、こっちは助かるんだけどねえ」  と皮肉交じりに話してしまう。そんなことはお構いなしに、兄弟は準備を一通り終えると、リュックサックにペットボトルのお茶や携帯ゲーム機などを入れた。マスクを付けることも忘れなかった。二人は、 「いってきます」  と言うと、飛び出すように家を出て、彼らの父親と待ち合わせているアパートの近所にある公園へ一目散に向かった。兄弟を送り出すと、まりあは椅子に腰かけ、しばらく窓の外を眺めた。真冬の寒い中、釣りに出かけた兄弟が風邪をひいて帰らないか心配は募る。 「そもそも、こんな真冬に釣りなんて、あの人は何を考えているんだろう。風邪ひくとか考えないのかしら。そういうところが空気読めてないというか……」  まりあは元夫のことを考えると、ついつい愚痴っぽくなってしまう。この前も悠太に、 「なんで、お父さんとお母さんは離れて住んでるの?」  とストレートに聞かれたものだから、オブラートに包んで話をしていたつもりが、いつの間にか元夫の愚痴になってしまい、最終的に 「そんなに、お父さんの悪口言わないで!」  と強い口調で言われ、泣かれてしまったときにはさすがに反省したものだった。 (子供の前で、あの人の愚痴はもう言わないようにしよう)  と決意を新たにしたのだ。  さて、掃除でもするかな。気付けば、部屋には埃がたまっていた。一週間に一度、掃除機をかけて、埃を一掃しようというのが、離婚してからの習慣になっている。  父親との待ち合わせ場所の公園に到着した翔太と悠太は、父親の姿を探した。しかし、そこに父親の姿は見当たらなかった。テニスコート四面分くらいの公園では、ラジオ体操をしているおじさんがいたり、小学校三、四年くらいの男の子が朝からサッカーのリフティングを練習したりしていた。 「お父さんいないね」  悠太がポツリと呟くと、 「そのうち来るよ。お父さん、早起き苦手だし、遅れてくるんじゃない」  と翔太がクールに話した。時刻は八時半を回った。十五分は待っただろうか。 「ごめん、遅くなった。すぐにでも行こうか」  父親のたけしが息を切らしながら、現れた。走っている最中に、石に躓きそうになりながら。 「もう、お父さん遅いよ。寒かったんだから」  悠太は怒り口調で、猛のことを睨みつけた。 「悠太、何だかしゃべり方がお母さんに似てきたな。おお怖い」  冗談めかして、猛が言う。 「悠太、お父さんが無事だったんだからよかったじゃん。早くいこうよ」  翔太は猛の冗談ともつかない発言を受け流しながら、悠太を諫めるという高度な技を発揮する。この三人の中では、翔太が一番大人なのかもしれない。  三人は急ぎ足で近くに停めてある猛の車に乗り込んだ。車はミニバンで、猛がまりあと別れる前に買ったものだった。車内には釣り竿や餌、クーラーボックスなどが積んである。猛がエンジンをかける。 「よし、ベルト締めたか? それじゃあ出発するぞ」  猛の掛け声とともに車は走り出す。その間にも、翔太と悠太は楽しくて仕方ないのか、二人ではしゃいでいる。 「そんなに俺といるのが楽しいのか? 車で三十分走った甲斐があったってもんだな。お母さんとは仲良くやってるか?」  猛は、息子たちが母親とうまくいっていないからこんなにはしゃいでいると思っているようだ。ところが、悠太は、 「お母さんは怒ると怖いけど話聞いてくれるし、ときどきやさしいからお母さんがいいかな」  と猛の期待を裏切るように言う。それでも、猛はマスク越しに顔色ひとつ変えなかった。 「そうか、お母さんとはうまくやれているのか、それは良かった。翔太、お前はどうだ」 「俺はどっちも好きだよ。お父さんはお父さんであちこち連れて行ってくれるし、お母さんは働きながら、俺たちを育ててくれてる。だから、二人とも尊敬してる。だから、お父さんは心配することないよ。俺と悠太はウィルスであまりあちこち動けないから、外で遊べるのが嬉しいだけだから」  大人びた翔太の発言に、猛は感極まった。 「翔太、大人になったなあ。いやー、俺はお前の父親で幸せだよ。『和内(わうち)』という苗字を名乗りたいって言ったのも、確か、お前だったな。本当に今日は会えてよかった」  翔太と悠太は父親である猛が親権を持っているので、『和内』という苗字を名乗っている。まりあにとっては、そのことが引っかからないことはなかったのだが、離婚したときに彼らの意思を尊重するというお互いの条件の下、しぶしぶそれを認めるという経緯があったのだ。今ではそんな生活に慣れてしまい、誰も問題にすることはない。役所の手続きをするときなどに、親子の証明に手間取るだけだ。 「ええ、僕は? 兄ちゃんばっかり褒めてもらえてずるいよ」  悠太がふくれっ面をしたので猛は慌てて、 「悠太も正直でいいことだぞ。正直が一番だからな」  などとフォローをした。そのやりとりを見た翔太は思わず吹き出さずにはいられなかった。 つづく

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