女? そう思った。 少なくとも、家族親戚にこんなやつはいない。で……家に入ってくるような女性も、もういない。 「誰、とはまた曖昧な質問だね。 キミが知りたいのはボクの名前かい? それとも正体? もしくはアイデンティティーとかかな?」 少しオクターブの高い声。しかしその声は、どこまでも…… 「なんだ、男かよ」 見目とのギャップに、思わずそんな言葉が口をついてしまった。 一瞬きょとんとした表情を見せた後、男は――いや、『青年は』というべきか――これ以上可笑しいことはないという風に笑いだした。 「はっはっは、人間というものは、つまらないことを気にするんだね。いや、失礼」 そう言いながらも、まだ可笑しさをこらえきれない様子だ。 ったく、何がそんなに面白いのか。 「で、お前誰だよ。ここで何してる」 さりげなくスマホを手に取る。110の準備はオーケーだ。 「いいよ、答えてあげよう」 青年はティーカップをソーサーに置くと、こちらに体を向けて、ゆっくりと、こう言葉を紡いだ。 「ボクは、死にゆく者の魂を集めるために存在している」 微妙な時間が二人の間を流れていく…… いや、微妙なのは俺だけのようだ。ダイニングチェアに座る青年は、満面のドヤ顔で俺の目を見つめている。 これ、絶対、係わってはいけないヤツだろ。200%の確信。 でも俺は博愛主義者だ。事を荒立てたくはない。ここは低姿勢で対応して、お帰りいただくとしよう。 「えっと、すみません。今、そういう気分じゃないので、ごめんなさい」 「折角答えたのに、つれない返事だね」 青年は全身でがっかり感を表現した。それが少しだけ気の毒に思える。 少しだけ。 「えっと、じゃあ、とりあえず、お名前を」 「ルース、だよ」 「職業は?」 「人間じゃないから職業なんてないよ。神様だからね」 何の御用で、と続けようとして言葉を止めた。 ガチで頭が湧いているんじゃないだろうか、こいつ。 そういやさっきも、『死にゆく魂がどうのこうの』とか、イミフなことを言っていたような。 ……まあ、でも、俺自身の置かれている今の状況を忘れるには、湧いているくらいの会話のほうがちょうどいいのかもしれない。 もう疲れた、考えるのをやめよう。美人だし…… そう思ってから、俺は自分の頭を抱えた。 こいつ、男だった――振られたショックがまだ消えてないんだな、俺。 「なるほど、死神さんなんですね」 とりあえず返した俺の言葉に、白髪の青年は少し顔をしかめる。 「死神とは心外だね。人間の命を取るんじゃなくて、魂を集めてるんだけど」 その違いは、俺には判らないな。 「あー、じゃあ、俺の魂を取りに来たのか?」 「残念だけど、キミはまだ死にゆく者ではなさそうだね」 残念だが、ってなんだよ、残念だがって。ってか、やっぱり取るんじゃねーか。 「じゃあ、何をしに?」 「キミが呼んだんじゃないか」 やれやれ感を体全体で表現すると、ルースと名乗った青年は、ティーカップに口をつけた。
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