「じゃあ、俺が別の世界に自由に行けるようにすることはできるのか?」 話題を変えるついでに、そう聞いてみる。 「それならもう、ね」 微笑みながらそう答えたルースの紅い眼が、ふと、少し妖しく光ったように思えた。 その意味を探る間もなく、ルースが俺を連れて寝室へと入る。 「玄関だと、家から出れないからね」 俺に向けてウィンクをすると、二つあるクローゼットのうち、使っていなかった方を開けた。そのクローゼットには、使っていないものをしまい込んでいる。はずだったのだが…… 「これなら大丈夫じゃないかな」 扉の向こうに、あるはずの衣類はなく、宇宙のような空間で瞬くいくつもの光点だけが見えていた。 「確かにこっちは使わないけど、誰かが開けたりしたらどうすんだ?」 いや、まあ、その可能性は限りなくゼロに近いけどな。 「コノエかボクが開けた時しか、向こうにはつながらないよ」 対策はばっちりだと言いたげにルースが微笑む。相変わらずどういう仕組みになっているのか不思議だが、さっきの話を聞いた後だと、もう考えるのはやめておこうとしか思えない。 時の流れに身を任せるのだ…… 「随分便利だな。ご都合主義も真っ青だ」 「ふふふっ。『神性』の有無で決まるんだよ」 おニューなワードはスルーしよう。うんうん、それが精神衛生上いいに違いない。 中に入ると、また硬い液体の感覚が体にまとわりついてきた。昨日は気が付かなかったが、体の周りの「なにか」が皮膚を通して体の中に入ってきているのを感じる。 ルースが言った、ある意味戦慄を覚える言葉――人間が足を踏み入れれば、肉体と精神が分離してしまうということを思い出した。 「んー、これはあまり気持ちのいいものではないな」 思わずそうつぶやいた直後、後ろから何かがぶつかってきた。ルースの腕が俺の肩を後ろから抱き、そしてルースが頬を俺の顔に寄せてくる。 「お、おいおい」 「コノエ……」 ルースに意識が向いてしまうと、自分の体の位置が固定できず、体が漂い始める。ルースは腕を回し、俺を正面に見据えた。 そのままの態勢で、二人が宙を舞う。 「ボクが気持ちよくしてあげるよ」 ルースは、言葉に込めた誘惑の色を隠すこともせず、顔を寄せた。俺のおでこに自分のおでこを当てて、俺の眼をじっと見つめる。 ルースの少しうるんだ紅い瞳は、俺を捉えて離そうとしない。形のいい鼻が遠慮がちにその存在を主張し、俺の鼻に触れてきた。熱い吐息、その熱が俺の肌に伝わってきている。 「ちょ、ル、ルース……」 ルースはゆっくりと目をつむると、何かを言おうとした俺の唇を唇で塞いだ。 薄い唇が少し広がり、その奥からねっとりとした柔らかいものが俺の口の中に入ってくると、俺の舌に絡みついてくる。 鼻腔だけでなく口腔にもルースの匂いがいっぱいに広がった。それは俺の本能を刺激する微弱な電気のようだ。 「コノエ……」 ルースが再び俺の名前を呼んだ。その言葉が含む感情が少し変わったように感じて、俺は一瞬動きを止める。 と、二人が繋がった部分から、液体が流れ込んでくるのが分かった。二度、三度。ルースは何度も俺の中に、自らが生み出した液体を流し込んだ。俺はその度にそれを受け止め、喉の奥へと飲み込む。 それが何度続いただろう、ルースはゆっくりと俺から離れた。唾液が名残惜しそうに二人の間に糸を引く。ルースが、閉じていた眼を、閉じた時よりもさらにゆっくりと開いた。
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