二人の男の姿が見えなくなったところで、再び壁沿いに歩きだす。角を曲がってすぐに、予想通り、壁にできた隙間を見つけた。 そこから入ると、ちょうど祠の横に出る。これはおあつらえ向きの隙間だ。屋敷からは祠が邪魔になって見えていないだろう。 と、祠の陰にルースが立っていた。 「ルース! どこ行ってたんだよ」 ルースのほうへと近寄り、少し非難めいた口調で質問する。 「ごめん、コノエ、ちょっとね。迎えが遅くなったかな?」 「いや、それは大丈夫。それよりもルース、部屋に戻りたいんだけど、いいか?」 ルースとの出会いも含めて、今日一日、起こったことが多すぎたようだ。帰って少し情報を整理したかった。 「本当にごめん、コノエをほったらかしにするつもりはなかったんだ。許してほしい。もう嫌になったのかな?」 陰になっているのでルースの表情はわからなかったが、不安な感情が声色に乗っている。 「違うって。調べたいことと、整理したいことと。色々、興味がわいてきた」 「そ、そうなんだね。なら、戻ろうか」 その声には、安堵さがたっぷりと含まれていた。 少し周りに注意しながら、祠の階段を上がる。扉を手前に開けると、扉の向こう側には、光点が煌めく暗い空間が広がっている。 「マジでこれ、どういう仕組みになってるんだ。入っても大丈夫なのか?」 うん、というルースの返事が聞こえたので、深呼吸をしてからゆっくりと中へ入った。ねっとりとした何かが体にまとわりつく感覚は相変わらずだ。 ここに来るまでのルースの動きを思い出し、それを真似るように体を動かしてみる。自分で動けない訳ではなさそうだ。 「俺の部屋はどっちだ?」 俺の後から入ってきたルースに声をかける。 「あの扉だよ。やっぱり、コノエはすごいな」 俺の動作を見て、ルースが感心の声を上げた。 「ふっ。状況分析は得意なんだよ。計画性はゼロだけどな」 ルースの指差した方向に視線を向けると、ドアが一つ浮かび上がって見える。 足に意識を向け、足を曲げる。伸ばした瞬間に意識をドアのほうへ向けると、体は滑るようにドアの方へと進んだ。ドアの手前で足を前に出して、足に意識を向けると、止まることができた。重力は感じないから、全くもって変な感覚なのだが。 「ボクが必要ないってのは、なんだかつまらないよ」 ルースが不満げな声を上げながら、後ろから体を寄せてくる。 「まだうまくは動けないし、そもそも、どこに何があるかわからないんだから、一人だと迷うだろ。こんなところで迷子は勘弁だからな」 「ふふふ。そう、だね」 ルースはそのまま俺の体を後ろから抱きしめた。細くしなやかな腕。黒いゴシックシャツの袖から伸びる腕が白く眩しい。 そう言えば、屋敷にいた『宮様』も、透き通るような白い肌をしていた。まあ、でも、ルースの方が更に白いか…… 「いてっ!」 耳に走る痛み。ルースがいきなり、噛んだのだ。 「なにすんだよ」 慌てて振り向く。ルースが、少し怒ったような顔を見せていた。 「な、なに?」 「別に」 ぷいっと、ルースがそっぽを向く。全く意味が分からなかった。 俺の部屋に通じているという扉に近づき、そこへと入る。見慣れた、少し散らかった部屋。ふっと、安堵の息をついた。 もうすでに夜も遅くなっていた。用があると言ってまたルースがどこかへ行ってしまったので、俺は手短に晩御飯を済ませた後、パソコンを使って、気になったことをいろいろ調べてみる。 明日は大学に行かなくてはならない。全くなんて忙しい一日だったのだろうと溜め息をつき、時計を見ると夜の二時を過ぎていた。 慌てて風呂に入り、そのまま布団へと直行する。 宮様の――彼の涙が、脳裏から離れなかった。
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