遊ばれ女と婚活
カジュアル見合い1

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 お盆が過ぎても、まだまだ気温は高く、雨上がりの外気を蒸している。  それでも暗雲は空を流れ、また雨が来そうだ。  舘崎の一件から翠は雲を見るようになった。  嫌なことは直ぐに忘れてしまえる翠だが、本間の事は引き摺っている。    たら’ れば’ もしも’ を考えてもしょうがないと思う。  それでも、あの日、舘崎を部屋に上げていなかったら……と、翠は考えてしまう……    年に三度の催事中だけの関係は娯楽で、本間の我が儘を受け入れるのも翠の自己顕示欲を満たすのに丁度良かった。  好きだったか?と、聞かれれば認めるが、あくまで都合に良い相手だからと注釈がつく。  それよりも、翠は自分に結婚願望が有ることを自覚した。  本間との結婚をなんて有り得ないのに、あんな男でも独身になったとなると惜しくなる。  如何せん、マッチングアプリのヤリモク男に成り下がっていたのだから……    考えるでもなく考えていたら、翠は空腹を覚える。  お腹がく間はメンタルに問題は無い。  翠はお気に入りのアンティークの椅子から立ち上がると、集中出来なかった文庫本を代わりに座らせた。    冷蔵庫に、前の休日に実家で作た惣菜が入っている。  取り出して暖めるだけだ。    人参の金平、レンコンのバルサミコ金平、長いもの甘酢漬け、こんにゃくのチンチロリン、ゴボウの土佐煮、茄子の煮浸し、アマゴに南蛮付け、和総菜はこれだけだが、他に洋惣菜も何点か入っている。  一日仕事だったが、料理は翠の趣味だ。  母との会話も弾み楽しい時間だった。    翠は素麺を湯がいて茄子の煮浸しの汁で頂く事にした。  汁が多いものは弁当には入れられないし、これなら暖める必要すらない。  ネギとミョウガも有るので完璧だ。  油は茄子を10倍美味くする。  素麺を啜りながら翠は思う。 「翠も誰かを10倍美味しくし出来る油にならなくちゃ」  実家で母に、そう言われたが、母は天然だ。  言いたい事は分るが、例えが微妙にずれている。    翠の母は歌手だ。  浮世離れしているのはそのせいだが、一曲も持ち歌がない。  それでも、プロダクションに登録されていれば歌手だそうだ。    要はカラオケ教室の先生で、カラオケ喫茶を借りて教えている。  翠は如何にも大衆的な、その手の集まりは嫌いだが、発表会の時には生徒さんにメイクアップをしてあげている。  因みに父は建設業で、裕福だが下世話。  それが翠の育った環境だ。  そんな母に、翠は友人の幼稚園の先生が結婚するかも、と話した。 (勿論、馴れ初めは話さなかったが……) 「幼稚園の先生は良妻賢母のイメージが強いから大変そうね」  母はそう言う。  有希子はマッチングアプリの入会理由を教えてくれなかったが、幼稚園の先生としては派手な見た目は損だったのかも知れない。   「へー縁が有ったのね。結婚だけは縁がないと出来ないから……その代わり、縁が有れば馬鹿でもブスでも変態でも、翠でも……出来ちゃうんだな~」  その後で、母はとても脳天気に言った。  そして、もう一つ……  翠のその日のファッションはファストファッションのプリントTシャツと黒スキニーといった普段着で、もう少しお洒落したら、と母に言われた。    思い起こすと洋服を選ぶ気力も無かったのだと愕然とした。     今日は一日ゆっくりと過ごそうと決めていた翠だったが、夕方になって物足りなさを感じ出した。    翠は『蘭々』でのディナーを思い立ち、作り付けのクローゼットを開く。  制服通勤が禁止なので衣装はそれなりに持っているが、どれも無難なファストファッションで黒が多い。  翠は散々迷った挙げ句、フリル袖がシースルーの黒のカットソーにベージュのワイドパンツに決めた。    着替えているときに、お洒落をして近所にラーメン屋に行く自分に空しさを感じた。   『蘭々』で思いがけない人物が待っているとも知らずに……

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