遊ばれ女と婚活
不埒な関係

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 耳に触るクーラーの稼働音は窓を開けたせいだ。 (室内の冷えが物足りない……)と本間は文句を言うだろう。 「いらっしゃい」  何事も無かったように漫然の笑みで迎える。  実際、何も無いのだから同然なのだが、本間は訝しげだ。 「男、帰ったの」  対面を避けたからといって、男と断定してくる了見も寂しい。  しかし、久しぶりに会う本間亨はやはり頗るすこぶる男前だ。 「雨宿りしていただけだから」 「ほ~ん」  本多は興味なさげに答えると、よく磨かれた革靴を脱ぐ。  白シャツにトラウサーズ、そしてネクタイはポケットに突っ込んでいる。  仕事帰りだろう。  本間亨とは3年前の『九州物産展』出会った。  翠はデパートの催事が大好きだ。  普段は高額商品が多いデパートは敷居が高いが、催事は別物と考えている。  美容部員である翠はデパートが勤務先の同期から、その時の物産展で評判の逸品情報を貰う。  地下街のドラッグストアが勤務先の翠は、シフトが遅番だと出勤時間前にデパートに寄れるのだ。  その日の翠の目的は『いきなり団子』で、ドラッグストアの同僚にも頼まれていた。  やはり『いきなり団子』は人気で、翠は暫く並んだ末、皆から預かり封筒に入れていた金で支払いをすませていた。    そこで運悪く通行人の肩が触れた。  然もあらん、小銭が散らばり大わらわ。  そして隣のブースで『辛子レンコン』を売っていた本多が、その小銭を拾ってくれたのが運の尽き。  翠は差し出された小銭を受け取る際に本間の容姿に一目惚れした。    眼光が強い、くっきりとした二重の瞳に、真っ直ぐな鼻梁。  そして極めつけは厚めの唇。  本来の強面が営業スマイルと相殺されて良い塩梅になっている。  背は高すぎず175センチぐらいで、体躯はやや細め。  何より指が節高で長い。  ドストライクだ!  翠は、お礼も兼ねて、一番大きな280グラムの『辛子レンコン』を買ったが、その包みの大きさと大量に購入した『いきなり団子』の重さに途方に暮れた。  それでも、二週間の期間中、毎日でも顔を拝みに行きたい……と思ってしまい、仕事が手につかない。  そんな翠に神のご加護が……その日の晩に偶然にも本間と再会を果たした。  閉店間近の薬局はスタッフも少なく、暗黙の了解で美容部員も薬局の仕事を手伝う。  翠は栄養ドリンクの箱買い客がレジを探して彷徨っている様子を見かね、対応に声を掛けた。  すると白のシャツにジーンズのその客は本間だった。  その後、本間は毎日のようにドラッグストアに寄るようになった。  けれども普段はドラッグストアのスタッフが対応するので、翠は会釈をするだけで終わる。  結局、翠が物産展に通えたのは本多と出会った初日を入れて三日だけだった。    しかし、その三日目に催事場をウロウロとしていると、翠の姿を見つけた本間が、なんと!誘ってきたのだ。  この手の男は心得ているのか「下のスタバで待ってて」とだけ告げると返事は聞かずに踵を返す。  そして、欲しい気持ちがダダ漏れだったのかと、翠が後で反省するほど、その日の本間の行動は迅速この上ない。  連れて行かれたのは小洒落た居酒屋で、注文した冷酒『九平次』と共に運ばれてきたお通しが秀逸だった。  稚鮎のマリネに山椒の効いたゴーヤの佃煮、色とりどりの夏野菜の寒天寄せ……それだけで十分酒が進み、飲み過ぎた。  案の定、酒と食事を済ますと、翠は待ちきれずに路上で本多の唇を貪るありさま。  口腔を蠢く舌は双方巧みで、本来は腰に回すであろう本間の腕は胸元に伸ばされ乳房に触れていた。  アルコールの力は本当に恐ろしい。  そしてホテルに行くと思いきや、地下街奥まった場所に在るコインロッカーの設置所に連れて行かれた。  連立するコインロッカーの陰とはいえ、通路はまだまだ人並みが溢れている。  お互い指先と掌だけで到った行為は慌ただしかったが、羞恥心を増幅させるロケーションに初心な頃のように蜜が溢れた。  本間との関係は、年に三度催される物産展限仕様だ。  本間には妻子がいる。  その旨を律儀にも『かに道楽』に席を設けて打明けてきた。  尚且つ、細君と結婚に到るまでの経緯や、早くに両親を亡くし叔母に育てられた苦労話。  聞かされた翠は辟易したが、初対面にも等しい相手にすんなり嬌態を晒す女相手に律儀な事だとも思った。  幼少の頃に従兄弟に悪戯された翠だが『キャッ、キャッ』と何もわからず喜んでいたぐらいだ。  トラウマを抱えることもなく普通に体験を積んできている。  セックスは好きだ。  しかし、いくら貞操感が極めて稀薄で身持ちが堅いとはいえないとしても、初めから妻帯者と知っていたらなし崩しに、こんな関係にはならなかった。  背後に存在する家族に悪いと思う良識ぐらいは持っているのだ。 「食事は?」 「食ってないけど」 「食べますか?パスタならあるけど……」 「いらねー昼、遅かったから別にいいわ」  翠も夕食を抜くことに抵抗がない人種だ。  本多が翠の手料理を口にしないのは承知している。  それどころかセックスでも射精はしない。  女房に気兼ねするぐらいなら、不埒な遊びなどしなければ良いのにと翠は不思議だ。    ただ、ベットを背もたれに座った本間が翠を眺める視線が気にいらない。  それでも、わざわざ訪ねてきたのだ、楽しく過ごすに越したことは無い。  追い出した舘崎にも悪いだろう。 「じゃビールでも飲む?」 「あぁ」  夏の冷蔵庫にビールは在って当たり前だが、気の利いた摘まみまでは常備していない。  翠はチーズとドライフルーツとナッツを皿に盛り、缶ビール一緒に円形の小さなガラステーブルに置いた。  「何で、グラスに注いで出さないの」    プルトッリプに指を掛け嫌みを口にする本間は、容姿に似合わず卑屈な男だ。  翠が自分に心底惚れていないのが不満らしく些細なことを衝いて翠の至らなさを指摘してくる。  それでも翠は本間を嫌いになれない。  憐憫は善なのだろうか……悪なのだろうか……

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