遊ばれ女と婚活
マッチングアプリ/ハッピーコンティニュー

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『チャップリン』は壁面に切り出しレンガが貼られた英国調の店だ。  13席在るテーブルは、ウォールナットの丸テーブルで4人掛。  席の間隔はライブ開催時はステージ分だけ狭くなるが、通常は、かなり広い。  客層は老若男問わずまちまちだが、ライブがない日の客年齢は高い。  今夜もマスターのキャラクターを余所よそに落ち着いた雰囲気を醸していた……  そこでの騒ぎだ。    他の客達も何事かと、翠達のテーブルに視線を寄越す。  翠も一瞬驚いたが、今の有希子の反応で何となく事態が掴めてきた。  喜多は有希子のことを、まだよく知らないだろう。  市野に到っては初対面だ。  そもそも有希子は、お利さんで、面食い口などでは無い。  それに引き換え翠は、顔の美醜と身長の高低ばかりを気にするアホだ。  昔から翠は、有希子に容姿で男を選ぶなんてくだらないと言われてきた。   有希子にとって大切なのは相手の収入で、お金が無いと幸せになれない自分を理解している。  そして、幸せを掴んだ多くの女性がそうであるように、それを悪いこととは考えない。  そして喜多の事情も何となく察しがついた。  喜多の振られた話からは悲哀も寂寥せきりょうも何も感じられなかった。  喜多は傷ついていない。  周りの注目を集めた有希子が汗顔の至りかんがんのいたりで着席すると、それぞれのテーブルで、また雑談が始まりだす。 「有希子さんは見る目があるの?それとも、貴女的あなたてきに妥協した?」 「止めてくれよ」  言及を始める市野の袖を喜多が引く。  一野は一旦口を紡ぐが、言いたいことは、まだ、まだあるようだ。  翠は市野が有希子を説得する前にどうにかしたい。 「はい!」  翠はどうしても発言したいときに手を挙げる。  女の飲み会は姦しく、年に数回、先輩美容部員に強制参加させられる飲み会ではそうでもしなければ発言出来ない。 「どうぞ……」  喜多がゆるりと手を述べると、翠の発言が優先された。  本当に如何なる時も紳士的だ。 「有希子は今日、早いピッチでワインを飲んでた。多分、緊張を解すため……」 「あぁ、それ、それ、ユッコの常套手段!こいつ好きな奴の前では話せねぇから」  オーダーされたドリンクと摘まみを運んできた太一が言葉を挟む。 「チッ」  市野の舌打ちが聞こえる。 「何か、騒がしかったけど……俺の店で揉めないでよ。ユッコはそこの小っこいお兄さんに惚れちゃって、惚れちゃって。でもな~俺に相談されてもな~人種が違いすぎるって。なぁ、翠」  翠は苦笑して頷く。 「お兄さん、ユッコ、持って帰ってくんねぇ」   有希子は見る見るうちに赤面して顔を上げようとしない。 「私は、そんなことは……」  喜多は両掌で顔を仰ぎ、体裁を繕っている。  耳だけ赤い。  太一の状況判断の的確さと、臨機応変に対応する力は昔からだ。  翠はやはり惹かれてしまう。  揺るぎないノリの軽さで太一は物事を納めてしまいそうだ。  太一は言いたい放題言って、戻っていくが、市野はこの成り行きが気に入らないようで、太一の背中を睨んでいる。 「ねぇ、いいじゃない。二人とも大人なんだから……間違っても、騙されても、傷ついても……それに有希子!本当はわかっているんでしょ、誰から見ても喜多さんが高嶺の花って事を……」  翠の強い口調に流石の市野も向き直り、有希子を窺い見る。  ようよう平常に戻った有希子は頷くと、唇を内に結んで瞠目した。  喜多は翠の発言に顔を顰めしかめて困惑気味だ。 「喜多さんがモテないのは嘘。ハイスペックだし、感じ良い。センスも悪くなさそうだし、……そりゃ、見た目とかは好みあるから……100点とはいかないけど……」 「でも、お恥ずかしい話、彼女いない歴イコール年齢ですよ」  翠の言い分を喜多は認めない。  喜多は事実を話しているが、見解が違うのだ。 「デートしたことないって言うけど、友達とは?」 「そりゃ、友人とは出かけますが、デートではないでしょう」 「何で?」 「……」 「で、何処に行った?」 「まぁ……美術館とか……誘われて水族館も行きました。あぁ、大勢で、ですけど ‘ネズミの国’ も行きました、あの時は、弘之も一緒でした」  喜多は紛れもない事実を主観で話しているが、世間は客観で動く。 「そうゆうの、私達はデートとかグループデートって言うんですけど……序でに言うと、ランチとかディナーとかも、相手が女友達で二人っきりならデートですよ~」 「だから、忠は……」  翠は一瞥いちべつ、黙らせた。  この男は事実隠蔽の確信犯だ。  市野は知っていたはずだ、本人に自覚がないだけで、喜多が女性に人気があることを。それなのに、選りに選ってマッチングアプリなんかで知り合った女と、交際すると言う。  抜き差しならなく成る前に阻止しにきたのだ。 「そうだよ、忠はモテるよ。大抵の女は告白する前に諦めるけどな。こいつは恋愛にも女にも興味がない。そして、金にも、地位にも、名誉にもな。研究一筋だ。本当に魔が差しただけなんだ」 「わかってる。そんなこと3度も食事をすれば気がつくわよ。喜多さんは、他の方ほかのかたは1度の食事で音信不通になったって……当たり前よ。自分にちっとも興味のない人となんか2度と会わないわ。お見合いだって同じ理由よ」 「有希子さん……」  喜多は当惑しているようで、言葉を返せずにいる。 「有希子は特別よ。今日だって友達に紹介した」   翠には喜多の気持ちはわからない。でも…… 「本当?」 「えぇ、有希子さんは特別です」  喜多は堂々と言い切ると、照れ臭そうに笑った。  流れるBGMに背中を押されて……       

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