遊ばれ女と婚活
土砂降りの災難

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 雨音が止んだ。    8月の空は気紛れで、P-カンと豪雨が鬩ぎ合う。  5階建てのアパ-トは築4年。  間取りは1K・SR。バス、トイレ付きベランダ無し。  3階、角部屋。  ちなみに隣はオーナーの設備屋事務所、兼自宅。業種に似合わずモダンで広い。  翠の城はこのように、人様を招けるような間取りとは言い難い。  郊外とはいえ都心まで15分。  特急電車の停車駅で暮らすとなれば、この広さが限界だ。   それでも、否、だからこそなのか、此所には、やたら男が出入りする。  身長152センチ、色白、もち肌。ややふっくらは、所謂トランジスターグラマー。  第一印象は薄いが、昭和顔は男が安らぐ。よく見ると結構な美人。  何より、そこはかとない色気がある。  それ故か……  若干、5歳で素股経験有り……  田辺翠。28歳、それでも婚活中。  翠は玄関からの短い廊下に設置されている簡易式キッチンで、腹立ち紛れにパスタを茹でていた。  背後のバスルームから、下手な鼻歌が聞こえてくる。     舘崎は湯船に浸かり、ご機嫌のようだ。    舘崎は翠のお気に入りの喫茶店『けやき』のマスターだが、翠はこの男に爪の先程も興味が無い。 『欅』は高い天井に古材が使われた梁が目を引く、古民家風の喫茶店だ。  駅とアパ-トとの中間に在り、地元住民の憩いの場だになっている。  翠も休日は『欅』でモーニングを食べる。  珈琲を頼むと、キャベツとハムエッグのホットサンドとポテトサラダが付いて600円のモーニングは中々お値打ちで贅沢な朝食だと思う。  それが、この展開。  当然、翠は仕事帰りも『欅』の前を通る。  その翠を舘崎が目聡く見つけ、晩飯に誘ってきたのだ。  舘崎は、どこぞのハイブランドのロゴ入りTシャツとジーンズといったラフなスタイルで、翠は一瞬、誰だか分らなかった。  コックコート以外の舘崎を翠は見たことがない。  翠は舘崎に長年しつこく言い寄られているのだが、最近は邪険にするのも面倒になってきていた。  そこに一日の労働の疲れが加わっている状態だ。  翠に拒絶する気力は残っておらず、ラーメンぐらいは……と、易くやすく承諾に転がってしまった。  そして、二人して駅とは反対方向にある町中華『蘭々』に向かって歩いている、と……ゲリラ豪雨が襲ってきたのだのだ。  折しも、アパ-トは間近。  ずぶ濡れになった舘崎は、千載一遇のチャンスとばかり、翠に部屋での雨宿りを請うてくる。  翠に執っては、困っている人に手を差しに延べてしまうのは条件反射のようなものだ。    舘崎を放して自分だけ帰宅するなど到底出来無い。    立ち籠める暗雲は直に晴れるはず。    分っていても……今、正に、打ち付ける雨は容赦ないのだ。  アパートに駆け込んだ二人は、凌ぐ統べ無く雨粒を滴らせている。  玄関に入ると、直ぐに翠は舘崎を脱衣所に案内した。  二人して、タオルで体を拭くには玄関は狭すぎる。  そして翠は掴んできたタオルを使って、取り敢えず濡れた体を拭きつつ着替えを取りに行く。  今日の翠のファッションは黒のボートネックのノースリーブTシャツに黒のワイドパンツと黒ずくめで、透けは避けられたが、貼りついた衣服にボディラインがくっきり浮んでいる。    サッサと着替えるに越したことはない。  すると、浴室から湯を張る音がするではないか。  翠はシャワーを浴びるよう言っただけなのに、舘崎は勝手に風呂にも浸かろうとしているのだ。  致し方ない次第で入室を許可された分際で、いけ図々しいが、丁度良い。  その隙に翠はバスタオルを片手に、唯一鍵の掛かる場所、トイレで着替えると、サンルームに駆け込んだ。  そこで、舘崎の濡れた衣服を脱水に掛け、乾燥機にぶち込むと、眉間に皺が寄ってくる。  やはり翠は、善意にあぐらをかく舘崎の態度は気に入らない。  多少湿っていても着れる程度に乾いたら、速やかにお帰り頂こうと思う。 「翠ちゃん、スパゲッチィー作ってくれるの?」    風呂から上がった舘崎は、翠が出しておいたバスロープを羽織っている。  そして、あろう事か翠の肩に顎を乗せてきた。    虫唾が走る。 「邪魔」  手の甲で額を叩き、退ける。  これは、舘崎が帰った後で、翠がゆっくり食らう分だ。    ラーメンを食い損なったからといって、飯まで食わせる訳がない。    苦笑いを浮かべた舘崎がワンルームに部屋に足を踏み入れる。   短い廊下から続く部屋にはドアは無く、ヨーヨーキルトの暖簾が掛かっているだけだ。  ベッドが鎮座している部屋に入られるのは遺憾だが、ほかに居座る場所が無い。    舘崎は興味深げに室内を見渡すと、革張りのアンティークチェアに腰を落とす。  存在感の在る、その椅子は翠が奮発して買った逸品だ。  翠のベットに座られるたら……と、いう懸念は回避されたが、これはこれだ不快である。  (地べたという選択肢があるだろう)  善良なのは美点であるが自分の首も絞める。  28年の歳月で充分学んだつもりだったが、今更、悔やんでもしょうがない。   舘崎はテレビに無い空間に退屈そうだ。  茹で上がったパスタをザルに上げていると、翠のスマホの着信音が鳴った。  

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