遊ばれ女と婚活
カジュアル見合い4

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 台風が近づいているらしく、風が少し強い。  けやきの葉がザワザワと音を立てている。    翠は『欅』で稲垣とモーニング中だ。  手紙を貰ってから、稲垣とは何度も『欅』でお茶をしている。  実はあれから10日過ぎたが、安井と全く都合が合わせられない。 「これだけ都合が付かないのは、安井さんとは縁が無いのだと思います」 「そうね~乗り気なのは、お母さんだけで、本人は違うのかしら……ごめんなさいね」    稲垣は孫を一人連れている。  三男が離婚調停中で預かているそうだ。  名前はこう。  5歳の男の子で、チャイニーズとのハーフだそうだが、言われなければ分らない。    稲垣はお喋りで、聞いていない事まで教えたい。  長男、次男は自社の取り締まり役で、設備の仕事をしているが、三男はオーストラリアに移住した子供の居ない従兄弟夫妻に養子に出したそうだ。    オーストラリアに移住してきたチャイニーズの中には日本人を良く思っていない人達もいて、離婚の理由は一族の問題らしい。    三男はオーストラリアの全主要都市とニュージーランドのオークランドで鮨バーを展開しているらしく、稲垣はなまじ金があるから揉めるのだ、と言う。  翠はスケールの大きな話に圧倒されながら、ただ聞いていた。    外の風は段々強くなってきている。  稲垣の話も途切れた。    翠は帰ろうとして自分の分の伝票を手に取る。  すると、ジャージの上からでも分る筋骨隆々の男が接近してきた。  他の客も注視している。    そして男は翠達のテーブルまで来ると、いきなり直立不動で挨拶をした。 「稲垣さんですか、おはようございます」 「はい?」 「ご自宅に伺ったら、こちらだと教えて貰いました。申し訳ありません」    今度は深々と、頭を下げる。    剛健質実ごうけんしつじつを絵に描いたような男だ。  安井誠に違いない。     翠は席を立つべきか否かを迷うところだ。  しかし、どこかで見た顔なので、それを思い出したい。 「安井さんね、取り敢えず、お座りなったらどうかしら」  稲垣はそう言うと、煌を抱き上げ、翠の横に移動してきた。  失礼します、と断りを入れて席に着いた安井は、翠の顔を凝視してくる。  ヒクヒクと左瞼が痙攣していりのは、記憶をたぐり寄せている証拠だ。 「安井君?」 「田辺さん?」  気がついたのは同時だった。 「お知り合い?」 「中学3年の時にクラスメートです」  答えたのは安井だ。 「あら?こちらがお見合いの相手の田辺さんですけど、安井さんはお名前を聞いても思い出さなかった、それとも聞いていないのかしら」  意外な事に稲垣が嫌みを言う。 「いやー聞いたと思いますが……」  気が無かったのが丸わかりだ。  安井が小さくなっていると、コックコートの舘崎が興味津々で水を運んできた。 「ご注文は」 「アイスコーヒー下さい」 「モーニングはいかがなさいます?」    翠は色々な思いが一気に吹き飛び、ただ懐かしい。  黒縁の眼鏡も七三に分けた髪も昔と同じだ。 「美味しいよ」  言葉使いも遠慮がいらない。  「じゃあ、付けて下さい」    舘崎はマスターらしく悠然と踵を返すが、翠は正面から見たらどんな顔をしているか想像出来る。  きっと苦虫を噛み潰したような顔だ。  薄暗くなってきた外の様子に煌がぐずりだと、稲垣は、お知り合いなら……と帰っていった。  アイスコーヒーだけが先に運ばれてきたので、翠は自分も珈琲のお替わり頼んだ。  ハムエッグトーストのモーニングが運ばれてくると、安井は3口で食べてしまった。  暫くは近況報告や友人の情報交換など、見合いとは関係ない話をしていたが、安井が慌てるように本題に入った。  外に目をやると、愈々いよいよ暗雲が立ち籠めだしている。 「馬鹿げた話だと思ってくれてもいいんだけど……」 「何……お見合いを愚図っていた理由?」 「うん……まぁ」  安井は首に後ろを掻いてバツが悪そうだ。    この台風の中、母親に言われて直接、断りに来たらしい。  勤務明けに直行してきたと言う。  消防士は24時間勤務だ。  それにしては生気が漲っているのは訓練の賜物なのかと翠は感心する。 「俺、剣道してただろ」 「そうだっけ、知らなかった」 「まぁ、いいよ……それで、今は訓練あるから止めてるけど、高校までは道場に行って……」  安井は溶けた氷で色をなくしたアイスコーヒーを意味も無く掻き混ぜている。 「それで」   口籠もる安井を翠は相の手で促す。 「小さい女の子と約束したんだ、お嫁さんにしてあげるて……」  翠は吹きだす。 「笑うなよ……」 「悪い、続けて」 「うん、それで、この間、その子を見たんだ。大きくなってた」  当たり前だ……  聞いてる途中で肩が震えだしたが、今は爆笑寸前だ。  笑壺えつぼに填まって、抜け出せない。    しかし安田は真剣な面持ちで話している。 「本当に~その子、幾ついくつになってる計算?」  翠は無理矢理笑いを引っ込めて、事情聴取に取りかかった。 「19歳か…ハタチ」 「この間って、いつ?」 「覚えてるよ。お袋にせっつかれて実家帰った日だから……2週間前かな。稲垣さんが田辺さんに都合に良い日を聞いただろ、あの日だよ」 「ふ~ん、で、何所で?どんなん感じになってた?」 「剣道場を外から見てたかな、綺麗に化粧してたな、プロみたいに。丁度、今日の田辺さんみたい」  今まで適当に聞いてた翠だが、背筋を伸ばし前のめりになった…… 「服は?」 「そうだな~化粧はそれ、コンサバってやつだろ。アンバランスで目を引いた…それで足を止めたんだ」 「だから……」 「変なオーバーオール着てた。それで、銀髪で下だけピンクだったかな」   麗羅れいらに間違いなかった……

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